【84】精神のシルクロードの開拓──小説『新・人間革命』第21巻「宝冠」の章から考える/9-2

 

●テレシコワソ連婦人委員会議長(宇宙飛行士)との会見

 パリでの日程を終えた伸一たち一行は、5月22日に次の訪問地モスクワに向かいます。ソ連訪問は2回目。一週間の旅程で、限りなく深い日ソ交流の数々が展開されていきますが、私がまず感動したのは同国婦人委員会のテレシコワ議長との会談です。1963年(昭和38年)に、ボストーク6号で宇宙を旅した、世界初の女性宇宙飛行士で、宇宙からの「ヤー・チャイカ」(私はカモメ)の第一声が世界に知れ渡りました。(347-357頁)

 この時の場面で印象に残るのは、女子部の代表が、宇宙飛行士、妻、母親の三役を果たすにあたって、どのような努力を払ったのかとの問いに対しての同議長の答えです。「妻の時は妻に専念し、母でいるときは母に専念し、ベストを尽くしました。そして宇宙飛行士の時には、宇宙飛行士として全力を尽くし抜きました」

 これに対して、「簡潔にして的を射た答えである」と思った伸一は【人間は幾つもの課題を抱えているものだ。大事なことは、〝すべてやり切る〟と心を定め、その時、その時の自身の課題に専念し、全力で取り組んでいくことである。子どもと接している時に、仕事のことで悩み、仕事中に子どものことに心を奪われていれば、どちらも中途半端になってしまう】と述べています。

 人生万般にわたって大事なのは、当面する課題に熱中することだと思います。少し飛躍しますが、生死の問題も基本は同じです。死後のことや生命の永遠性について、なまじっかな想像力であれこれ悩まず、生きてる時は生きてるなかでの課題に集中、専念することが大事です。「死の瞬間は爆発だ」──だから、生の最高の状態で死を迎えることが大事だと、ある名医が述べています。言い得て妙です。それで行こうと、私も決意しています。

●モスクワ大学での名誉博士号受賞と講演

 この時の訪ソで最大のイベントは、モスクワ大学での伸一への名誉博士号授与式と、「東西文化交流の新しい道」との講演でした。海外の大学から名誉博士号を受賞されるのはこの時が初めてで、【意義深き「知性の「宝冠」】とされています。講演は、前年の米国カリフォルニア大学バークレー分校に続く2回目でした。

 「民族、体制、イデオロギーの壁を超えて、文化の全領域にわたる民衆という底流からの交わり、つまり、人間と人間との心をつなぐ『精神のシルクロード』が今ほど要請されている時代はないと、私は訴えたいのであります。それというのも、民衆同士の自然的意思の高まりによる文化交流こそ、『不審』を『信頼』に変え、『反目』を『理解』に変え、この世界から戦争という名の怪物を駆逐し、真実の永続的な平和の達成を可能にすると思うからであります」(379-380頁)

 この講演を聞いたホフロフ同大学総長は、「私たちは〝精神のシルクロード〟の開拓者になって」いく、と決意を述べると共に、「モスクワ大学の歴史に永遠に輝くものであり、両国の民間友好と、平和事業の前進へ、多大な貢献を果たしました」と力説したのです。

 今、プーチンロシア大統領のウクライナ戦争を前に、憤りと無力感を感じる人は多いと思います。しかし、この時に伸一によって打ち立てられた「精神のシルクロード」は、のちにゴルバチョフ大統領に受け継がれたことは間違いないと思います。残念ながらその流れはひとたび止まってしまいましたが、必ずや、未来において、また花開くに違いないことを確信します。

 そのゴルバチョフ大統領もつい先日(8月30日)に亡くなったことが報じられました。彼が世界史に果たした役割(ソ連崩壊)は何にも増して大きいと思いますが、一方ロシア国内では受け入れる人たちが少ないとの歴史的事実も見逃せません。残念なことです。地球民族主義的観点でしか、真っ当な位置付けは難しいのでしょう。

●コスイギン首相とのやりとり

 この後、コスイギン首相との会談が行われました。中ソ関係が史上最悪の状況にあり、日中平和友好条約の締結もソ連にとって大きな関心事でした。同首相が伸一に率直な意見を求めた場面での伸一の答えが、極めて印象に残ります。

 「何があっても、大局観に立って、悠々とすべてを見下ろすように様子を見ていくことも、一つの方法ではないかと思います」【(中ソ)両国首脳は、伸一という一つのパイプを通して、戦争を避けようとする心音と息づかいを感じていたのかもしれない】(395頁)

 演劇でいえば、舞台も役者も交代しました。日本と中国、ロシア、そしてアメリカも、すべての関係、流れが激しく揺れています。変わらないのは今それをじっと見つめる観客であり、各国の国民です。伸一が「悠々とすべてを見下ろす」ことの大事さを為政者に伝えましたが、同時に舞台を見上げる民衆も、変化に一喜一憂せず、悠々と事の本質を見抜くことが大事なのでしょう。(2022-9-2)

 

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