【103】新しい「民の世」の実現に向けて──小説『新・人間革命』第26巻「勇将」の章から考える/1-17

●源平の戦いの地から「平和」を発信

   厳寒の空に、微笑む星々が美しかった。静かに波音が響き、夜の帳が下りた海には、船の明かりが点々と瞬いていた。──この章の美しい印象的な書き出しです。1978年(昭和53年)1月19日の夕刻。香川県・庵治町にオープンしたばかりの四国研修道場に伸一はいました。源氏と平家の戦いで義経の勇気と英知が光った舞台になった屋島が見える地にあって、星の下で歴史を回顧するところから始まります。

 〝平氏、そして源氏は貴族の世に代わって武士の世を作った。しかし、民の世は、まだ遠かった。日蓮大聖人のご出現は、壇ノ浦の戦いから三十七年後である‥‥〟さらに伸一は、大聖人の「立正安国」について思いをめぐらし、次のように続けます。

【大聖人は、人間の生き方の基盤となり、活力の源泉となる宗教について、根本から問い直し、人びとの胸中に正法を打ち立てようと、折伏・弘教の戦いを起こされた。(中略)  多くの民衆が飢え、病に倒れ、苦悩している姿を目の当たりにして、仏法者として看過できなかったのである。まさに、『妙法の大良薬を以て一切衆生の無明の大病を治せん事疑いなきなり』(御書720頁)との大確信と大慈悲をもっての行動であった。それが、大聖人のご決意であり、そこに、仏法者の真の生き方の範がある】(213頁)

 昨年NHKの大河ドラマ『鎌倉殿の13人』は、まさに大聖人のご生誕(1222年)前の30数年を描いていました。あの凄惨な戦いを経て、武士の時代が確立し、そこから800年が経って今があります。日本の歴史はこの間、中世、近世の時代に国内各地で数えきれない内戦を経験し、明治維新以降の近代に入ってほぼ収束した後は、外国との戦いを繰り返し、ひとたび滅亡します。そして、米国占領下の7年の後、再興に向かうのです。

 以来、戦後社会に本格的な民主主義が取り入れられ、創価学会も再建されて、折伏・弘教の戦いが進んできました。大聖人が示された仏法者の模範が全国各地で示されるようになって、未だ70年余りぐらいしか経っていません。「日蓮仏法は激しすぎる」などといった批判をする向きもありますが、強く烈しい熱情なくして、〝新しい民の世〟は作り得ないと思うのです。未だ類例を見ない〝歴史創造の戦い〟は、これからさらに継続して続けられるのです。

●ハンセン病患者に寄り添った医師の戦い

  この後、同研修道場を擁する香川県庵治支部の長野栄太支部長と伸一との出会いが語られていきます。長野は、徳島大学医学部学生当時に、「ハンセン病で苦しむ人たちが多い国に渡って、患者を救いたい」との強い意思を伸一に直接披瀝していたのです。伸一は、決して焦らず、当面は基礎を固めることが大事だと助言していました。

 長野は、この時の伸一のアドバスをしっかり受け止め、やがて国立療養所大島青松園に赴任し、ハンセン病の治療に当たる一方、〝患者のために生涯を捧げたい〟との思いの実現に取り組みます。ハンセン病患者の皆さんへの、長野を始めとする地域学会員の励まし、交流が描かれていくところは、感動的です。(238-250頁)

 その流れの中で、「らい予防法」等が廃止され、1996年(平成8年)になってようやく隔離政策が改められたことが触れられていきます。元患者らが、国のハンセン病政策が基本的人権を侵害するものとして国家賠償を求め、熊本地裁に提訴しました。これが2001年(平成13年)5月に地裁が国に対して賠償を命じ、原告側の勝利となったのです。政府内には、これを不満として、控訴を主張しようとの動きもありました。

 しかし、時の厚生労働大臣の坂口力は、「法律面では、多くの問題があるが、人道面を優先させるべきだと強く訴え、これに小泉純一郎首相も同意して、控訴断念が決まったのです。この経緯を読み、改めて当時を思い起こします。あの頃、私は尊敬してやまない大先輩の坂口さんと一緒に国会で仕事をしていました。それを誇りに思います。

●同志のために苦労を厭うな

 四国からの帰途、関西・奈良に伸一は足を運び、「支部制」出発の集いになる幹部会に出席します。そこでは、懸命に決意を語る支部長代表の姿を見て、伸一は御宝前に供えられた鏡餅(直径50㌢、20㌔以上)を持ち上げて贈呈しようとします。思わず、助けようと手を出す沖本県長を遮り、1人で伸一は、お餅の粉でスーツが白くなるのも厭わず抱え運ぶのです。(307-308頁)

 【沖本は、伸一の行動から、リーダーの在り方を語る、師の声を聞いた思いがした。〝人を頼るな!自分が汚れることを厭うな!同志を大切にし、励ますのだ!それが学会の幹部じゃないか!沖本の五体に電撃のような感動が走った。】

 この県長のモデル奥本拓光さんも尊敬する先輩です。会うたびに温かい励ましを受けたことを思い出します。(2023-1-17)

 

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