【119】「新しい普遍主義」への期待──小説『新・人間革命』第30巻上「雄飛」の章から考える/5-18

●中国での講演の画期性

 会長を勇退して初めての海外訪問──伸一は1980年(昭和55年)4月21日に北京に到着します。5回目の訪中でした。北京は、直前まで「黄塵万丈」と言われるほどの黄砂が空高く舞い上がっていましたがこの日は青空でした。当時宗門の若手僧侶たちは、異様なまでの学会攻撃を繰り返していました。まさに「黄塵万丈」だったのですが、〝これを勝ち越えていけば、今日の青空のような広宣流布の希望の未来が開かれていくに違いない〟と記されています。

 この時の訪中では、北京大学名誉教授の称号の授与決定が伝えられます。伸一はこの日を記念して「新たな民衆像を求めて──中国に関する私の一考察」と題する講演を行うのです。

 このなかで、伸一は司馬遷の生き方を通じて、中国文明とは「個別を通して普遍を見る」ことが底流にあるとした上で、西洋文明は神という「普遍を通して個別を見る」ことが多かったゆえに、他民族への押し付けとしての植民地主義が横行したと、論じました。これは、現実そのものに目を向けて、普遍的な法則性を探りだそうとする姿勢の大事さを強調するためであり、その伝統こそ中国に根づいたものであることに論及しました。伸一には、「新しい普遍主義」の主役となる、新たな民衆が中国に誕生する期待感があったからです。

 この講演は様々な意味で影響力を持っていました。40年ほど前の中国に東西文明の対比を通して、かくほどまでに期待を寄せた人物が東洋の日本にいたことに、多くの識者が感動したはずです。しかも西洋の歴史家トインビー博士との対談を経た上での合意が背景に横たわっていたことが見逃せない力を持っていました。

 当時、この講演内容を知った私は感激に打ち震えました。学生部総会での池田先生の講演で、日中国交回復への時が来たったことを自覚してより約10年。文明の本質を見抜いた上での、中国の大衆を覚醒させる講演に、心底から感動したのです。現在の習近平の中国は、表面的にはその動向に多くの疑念が漂っています。その地に「新しい普遍主義」が起こり、その主役に中国の民衆がなり得るかどうか。予測するのは残念ですが難しいという他ないのです。

●世界平和への桂林での語らい

  この時の訪中の旅で、伸一一行は桂林に足を運びます。名だたる景観が醸し出す詩情の只中にあっても、中日友好協会の幹部との話題は、現実の国際情勢に及びました。この当時はソ連のアフガニスタン侵攻が火種でした。ソ連に行こうとしていた伸一に対して、中国側はやめてほしいとの考えを提示したのです。

 しかし、伸一は、「全人類の平和へと、時代を向けていかなくてはなりません」と力説。〝互いのよいところを引き出し合いながら調和していこう〟と、これからは人間主義こそ必要になると強調し、中国を愛するが、同時に人間を愛し、人類全体が大事であることを訴えたのです。

 ここでの会話のうち、ソ連をロシアに、アフガニスタンをウクライナに置き換えれば、全く今と同じ国際情勢だといえましょう。ただ、中国が当時より圧倒的に国力を増しており、相対的にロシア、日本がその国力を落としてきているところが違います。世界平和を希求する伸一の思いは全く色褪せず変わっていないのです。

●「忘れえぬ同志」と人間革命11巻の執筆の開始

 中国から帰った伸一は8月に、休載中だった小説『人間革命』の連載を再開すると共に、『忘れ得ぬ同志』の連載を開始するのです。その壮絶な戦いは凡人の身には想像すらできませんが、この章にはそのよすがとなるくだりが掲載されており、胸をうちます。(300-306頁)

  「私は、戸田先生の弟子だ。だからどんな状況に追い込まれようが、どんな立場になろうが、広宣流布の戦いをやめるわけにはいかないんだ。命ある限り戦い続けるよ。しっかり、見ておくんだよ」

 「さあ、始めよう!歴史を残そう。みんな、連載を楽しみにしているよ。喜んでくれる顔が、目に浮かぶじゃないか。〝同志のために〟と思うと、力が出るんだよ」

「『ことばは鍛えぬかれて、風を切る矢ともなれば炎の剣にもなる』とは、デンマークの作家アンデルセンの箴言である。伸一もそうあらねばならないと自らに言い聞かせ、わが同志の魂に響けと、一語一語考えながら原稿をしあげていったのである」

 実は、この年55年7月に私は仕事上の転勤で、関西に移動になりました。住まいは神戸市の実家で、職場は大阪市内。毎日1時間ほどかけて通勤しつつ、夜は兵庫県内から大阪、滋賀など近県へと走りました。関西副青年部長という立場をいただき、勇躍歓喜して後輩の激励に当たっていきました。その頃は師の深い思いは分からぬ凡愚の身でしたが、聖教新聞に連載される『人間革命』や『忘れ得ぬ同志』の一文一句を、身を焦がすような思いで読んでいったことだけは深く残っています。(2023-5-18)

 

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