【3】無数の墓標の白さ目に焼き付く━『プライベート・ライアン』を観て/7-20

 小説や歴史もので幾たびか見聞きした「ノルマンジー上陸作戦」とは、実際こんなだったに違いないと思わせる。スティーブン・スピルバーグ監督の4作目になる戦争映画(1998年)である。数々の賞に輝く、こころ打たれる名作とされる。まるで実際の戦闘を中継で見ているような上陸に伴う激烈な戦闘シーンが冒頭から延々と続く。後で20分間と分かってそんなものだったのかと、驚く。後半のフランスでの市街戦は、ウクライナ東部戦線の現場もさもありなんと錯覚させられる。戦場の背景がヴェトナムの密林や、イラクの砂漠とは違うし、白人同士の争いだからとの単純な理由による。テレビで時おり目にするウクライナ戦争の戦闘が、この映画を観ると、あたかも80年前から続いているかのように思われる◆4人の男兄弟のうち3人の兄たちが戦死し、その家系が絶えることが懸念された。4人目の末弟ライアン二等兵を探し出し、帰還させ生き延びさせるべしとの指令が軍参謀総長からくだる。トム・ハンクス演じるミラー大尉(中隊長)を中心に8人のアメリカ兵士たちがその使命を帯び、動く。実話に基くというのだが、トム・ハンクスの人間味溢れる中にも厳しさと優しさが錯綜する演技に、引き摺り込まれる。降り頻る雨中の戦火の中で危機に瀕したある一家の親から5-6歳の少女の身柄を託され、ひとたびは預かる。だが銃撃戦の最中に、ひとり逃げ戻った少女が泣きじゃくりながら父の頬を叩く姿が胸を打つ◆あるひとりのドイツ兵を捕虜にした場面。その敵兵のため、また一人死んで6人になってしまった。埋葬の穴掘りをさせられた後、命乞いをする兵を殺そうとする。仏独語の通訳として参加していた実践経験のない兵(アパム)が逃がすことを主張する。そこに至るまでの過程で、そのドイツ兵捕虜がアメリカを褒め、ヒトラーくたばれと、あしざまに罵る場面が突出し妙に印象深い。アパム以外が反対する中、中隊長は逃す苦渋の決断を下す。その後の内輪揉め。中隊が瓦解寸前まで揺れ動くさまは辛く切ない。そして、この恩は仇で返される。後の戦闘場面で襲いかかってくるドイツ軍の中に復帰したその兵はいたのである◆最後の戦闘場面で、アパムが弾薬帯を身体に巻き付けて持ち運ぶ役割を担うのだが、怖気付いて中々身体が動かない。観ている方が息苦しくなり、まるで戦場にいる錯覚に陥ってしまうほど。そして彼が、かつて逃したドイツ兵と鉢合わせする巡り合わせに。逡巡するばかりに見えた彼が、捕虜にしながらも逃してやったドイツ兵に向かって初めて発砲する。戦車を交えての肉弾戦で、優しい心根の恩義に助けられ逃げのびた挙句、結局は当の恩人に銃殺される。殺し、殺される戦争の残酷さにただ哀れを催す◆この映画は、先輩兵たちの犠牲のおかげで生き延びたライアン(彼は見出されたが、帰還に同意せず皆と一緒に闘う)が兵士たちの眠る墓地で往時を回想する場面から幕が開く。そしてまた同じ場所に戻ってくる。ひとりの救出のために多くの犠牲者が出ざるを得なかった場面が次々と目に浮かぶ。観終えて、無数の十字架の墓標の白さだけが目に焼き付いて消えない。(2023-7-20)

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