天才的ジャズピアニストが全米を演奏旅行する。その旅の運転手兼ボディガードとの二人三脚が描かれた映画なのだが、ピアニストが黒人、付き人が典型的な陽気なイタリア人であることがもたらす奇妙奇天烈な展開が実に楽しい。時に涙し、笑いを誘われ、ハラハラどきどきさせられて、最後はとても嬉しくなる──そして「人種差別」なるものがばかばかしく感じられるのだ。タイトルは、黒人旅行者への注意書き的案内書のこと◆当初、イタリア人〝用心棒〟は、この黒人に違和感を持ってギクシャク感があったが、次第に共感を抱くようになり、真に頼り甲斐あるパートナーになっていく過程はすこぶる好感が持てる。とりわけ、彼が家で帰りを待つ女房殿に旅先からたどたどしい手紙を書くのだが、それを雇用主が代筆ならぬ口伝する場面が実に秀逸なのである。また、このピアニストは同性愛者なのだが、警察に勾留されてしまう場面が切なく悩ましい◆名だたる音楽芸術家でありながら、黒人差別の前には無力で、ホテル内のレストランから排除される場面を始め、随所でアメリカ社会における黒人差別の実態を突きつけられ、中間的黄色人種としても、我が事のように苛立ちを覚える。人種差別については、肌の色の違いによるトラブルは、違いが明確なだけにわかりやすい。差別の所在が露骨な分だけ、赤裸々な対立感情をもたらす。一方、日本における、被差別部落問題やいわゆる第三国人差別のようなものは、外見上はわからない点があるだけに陰湿な争いに発展したり、根深い傷を負わせることになる◆この映画のラストシーンでは、ひとたびイタリア人運転手兼ボディガードと黒人ピアニストが帰宅して別れることになる。ついで、ひとり寂しいピアニストが思い立って相棒のうちを訪問すると、喝采で迎えられ、賑やかに皆で無事の帰還を祝い合う場面へと展開する。この辺りの呼吸がなんともいえず好ましく、微笑ましかった。劇場でなら、思わず拍手が出たに違いない。こうした問題解決の根源は、「地球民族」というような表現を専らにする思想哲学に裏付けられた、宗教の流布以外にないと思わせられる。(2023-9-8)