【24】嫌われ者の「地獄の選択」━━『ウインストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』を観て/2-20

 先の大戦で、英国は、ヒトラー・ドイツの怒涛の侵略を前に、「平和交渉」という名の降伏か、大いなる犠牲も厭わぬ「徹底抗戦」をするかの「地獄の選択」を迫られた。時の首相には、話し合いによる宥和の道を進もうとしたネヴィル・チェンバレンに代わって、ウインストン・チャーチルがついた。そこから映画は始まる。チャーチルは時に65歳。波瀾万丈の経歴の持ち主で、その人柄は国王でさえ、敬遠するほどのコワモテ。いわば嫌われ者であった。挙国一致内閣を組閣し、チャーチルは自分に反対する有力者をもそばにおいた。究極の危機を前に、国家の行く末を案じるトップたちが膝詰めで議論する場面や、いざという時に人の心を捉えて離さぬ巧みな演説力など、政治に関心を持つものにとって魅惑的な興味深い場面が相次ぐ◆首相のスピーチ原稿などをタイプライターで打つ女性秘書や、糟糠の老妻などの脇役も光るものの、ストーリーはチャーチルの独壇場。時に怒り飛ばし、詰り、我が道を行く。葉巻タバコを片時も離さず、昼夜に違わずアルコールを口にする。時には朝からも。実際のチャーチルはこの通りだったのだろうが、よくぞ身体が持ち、判断に誤りをもたらすことがなかったのかと感心するのみ。要らぬ心配さえしてしまう。映画を観ていて、かつての鉄の女・サッチャー首相を思い起こした。男女の違いはあれ、危機に強い宰相の側面は酷似しており、面白い。そして、〝そっくりさん〟とはいわぬまでも、よく似た風貌の首相役(ゲイリー・オールドマン)を作り上げた特殊メイクを担当したのは日本人の辻一弘氏。数々の賞を取って話題になったが、当の俳優の演技力の巧さだろう◆戦争映画でありながら、一切戦闘場面は出てこず、首相の決断にいたる背景の描写のみ。この映画の圧巻は、国王から市民の本当の意見を聴くべきだと言われて、初めて地下鉄に乗って乗客との即席対話をするシーン。ナチス・ドイツの侵略の脅威を前に降伏してもいいのか、それとも犠牲を厭わず徹底して抗戦するのがいいのかとの率直に問いかけるところは胸に迫る。降伏を拒否する子どもに至るまでの皆の声「ネバー」が相次ぐ場面だ。その後、閣僚たちに、一人ひとりの市民の名を挙げて、世論の現状を伝えるところは、いささか芝居がかっているとは思えるものの、率直な大衆の声を聞く姿勢と見えて好感が持てる◆先の大戦では、日本は独伊と共に枢軸国側に立って侵略国家の側にあった。欧米連合国の柱だった英国とは真逆の立場のため、比較に意味はない。しかし、沖縄戦も敗色が色濃く、本土決戦をするかどうかのあの〝究極の選択〟を前にしての、政権の中枢と天皇の判断の姿が頭をよぎる。英独の間にはドーバー海峡が、日本と大陸との間には東に太平洋、西に東シナ海や日本海などの存在がある点で、共に海洋国の優位さがないわけではなかった。あの大戦の終結から80年足らず、日英の境遇はなんとなく似てきた。英国はかつての覇権国家の地位を米国に譲り、GDP順位も5位に甘んじるようになって久しい。チャーチル、サッチャーに比せられるリーダーとは無縁で、国際舞台では米国の脇役が定番。一方、日本も米に迫る勢いだった中曽根康弘首相時代(1982-87)をピークに、今では昔日の面影なき斜陽ぶりで、4位に沈む。「対米追従」がはまり役である。チャーチルの英姿の背後に、沈む日英両国が垣間見えたというのは、僻みすぎか。(2024-2-20)

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