ランナーの敵はどこにいるのか

私の早朝ランニングコースは、通常姫路城周辺。お城の濠のすぐそばを走る内回りが一周2.5キロ。国道二号線沿いを通っての外回りが5キロ。これを組み合わせてみたり、二周から四周を走る。ランニングの敵は数々あるが、最大のものは退屈することだ▲同じところをぐるぐる走っていると、いくらラジオを聴きながらであっても、飽きてくる。そこで、時たまコースを変える。最近お気に入りは、夢前町にある塩田温泉郷にまで行ったり、サンピア夢前にまで行くこと。前者は、17キロほどで、後者は10キロほど、我が家からだとかかる。先日は、私のコーチを務めてくれているSさん(64歳)と一緒に10キロ走った▲二人で伴走すると、様々な意味で心強い。一にも二にも退屈しないことが嬉しい。激励されながら走る1時間あまりはあっという間であって、物足りないほどであった。来年2月に初めて行われる姫路マラソンは一部夢前川沿いを走ると聞いている▲昨日の日曜日は、20キロ走る予定であったが、大雨の予報であったので、事前に中止を彼に申し出た。雨の中を走って、以前に風邪をひいたので当然のことだと思ったのだが、あに計らんや。やんわりと怒られた。曰く「ランナーは雨など気にしないのです。風邪など自覚が強ければひきません」と。敵は、どこにいるかわからない。(2014・3・31)

学者と政治家の憲法をめぐるささいな喧嘩

日本も集団的自衛権を行使できるようにすべきだとの主張をしている学者は少なくありません。その急先鋒は安保法制懇座長代理の北岡伸一氏でしょう。さながらこの問題における広報部長の感がします。彼とは、私が現役時代の最後の頃に読売新聞主催の憲法座談会(12・4・23)で座を共にしました。そこでちょっとした口喧嘩をしたのです。もう時効でしょうから告白します▲出席者は、民、自、公三党(当時は民主党政権)の政治家三人と学者二人の計5人。彼は後半の議論のなかで、「一体、いつになったら政治家は憲法改正に向けての議論を進めるのですか!いつまで経ってもやる気がない」と厳しい口調で難詰してきたのです▲「何を言ってるんですか!私たちは精一杯やってるんですよ」ー私は大きな声で言い返しました。彼の立場からすれば、遅々として進まぬ国会での憲法論議に苛立ちを抑えきれなかったのでしょう。しかし、そこに至るまでの物言いに学者特有の傲慢なものを感じた私はつい売られた喧嘩を買ってしまいました▲北岡さんは日本の国会での憲法論議を待っていたら、永久に憲法改正などできっこないとの見通しを持っているのかもしれません。確かに、その気分は分かります。憲法9条を中心とする安保論議はかつて華やかでした。残念ながら今は見る影もない。その復活が今こそ待たれているのです。(2014・3・18)

憲法の解釈変更で済ませられるのか

仲のいい友達が目の前で殴られようとしてる時に、彼を守るために一緒になって闘うことー集団的自衛権問題とは何か、を説明するに際して使う最も簡単な言いかたです。正式には、同盟関係にあるA国とB国に対して、C国がA国に対して武力攻撃を仕掛けてきた時に、直接攻撃にさらされていないB国が自国が攻撃されたと同様に反撃に加わることです▲確かにこれは国際社会でも国家が持つ自然権として認められている権利です。しかし、日本だけはそれは出来ないことだし、しないと憲法9条で自らを縛ってきたというのがこれまでの政府解釈でした。多くの日本人がそれでいいとしてきました▲いらぬ戦争に巻き込まれてしまうのは御免蒙りたい。日本は平和国家として生きると決めた。普通でない、異常な国だといわれようと、そう決めたんだから、と。これまでの日本という国家の生き方でした▲それを変えたい、というのが安倍首相や石破自民党幹事長の主張です。学者や専門家の間でも、憲法9条が認めていないという解釈は一方的過ぎだとする、異論はあります。多数議席を得た今、そうした声を背景に、一気に実現しようというのです。私たちはそれは「憲法改正を要するテーマ」であって、憲法の解釈変更で可能にしてしまうのは乱暴に過ぎる、反対だとの立場をとってきています。これから折に触れ、この問題を考えていきます。(2014・3・15)

大震災から3年。生涯に三度はご免蒙りたい

東日本大震災から3年。月日は容赦なく過ぎ去るが、復興の足音は限りなく遠くからしか聞こえてこない。あの日のその時間、私は東京から姫路に向かう新幹線車中にいた。運よく、静岡を過ぎたところで、僅かに停車しただけで、程なく動き出した。後から知って驚愕した▲阪神淡路大震災のあった年は姫路の借家に。古い家屋は激しく揺れ動いたものの全く被害なし。つけたテレビを見て慌てたものである。あれから19年。今や阪神地域も淡路にも傷跡は見えない。「日にち薬」が見事に利いてはいる▲個人としては強運を感じざるをえない。しかし、現代日本社会の一員として政治家の一人として、大震災の教訓を今後の備えに十二分に生かす仕組みを作る責任が後の世の世代に大きく深くあることを自覚せねば、と思う。とりわけ、原発をめぐる被害は未だ続行中である。住み慣れた家をあとにし、避難生活を遠く離れた地での仮設住宅で今なお送っている人びとの心中や察して余りある▲原発からは出来るだけ早く、できれば2030年ぐらいまでに脱却すべきが、結論だ。即時撤廃とはさすがに言えない。再生可能エネルギーの開発も未だ途上で、深く広く社会全体に浸透しているものを直ちに捨てよ、とはかえって無責任だ。我々の世代に「二度あることは三度ある」ことは、ご免こうむりたいが、いざという時の備えだけは怠らぬ様にしたい。(2014.3.12)

軽減税率の導入は消費税上げに不可欠

最も重要な現在の政治的課題を挙げると三つあります。消費税上げ、原発、集団的自衛権問題です。それぞれ問題の所在を考えてみます。まずは消費税。公明党は長く反対の立場。ところが2年前の8月に、賛成に踏み切りました▲財政危機を乗り切るには止むをえぬ、が理由です。しかし、どう上げるかをめぐっては、自民、民主の巨大政党(当時)の談合に任せてはならない。二大政党の交渉に小さい政党であっても割って入るべきだというのがその姿勢でした。私は「虎穴に入らずんば虎児を得ず」との例えを用いてその正当性を語ったものです。その際の「虎児」とは、軽減税率の導入など庶民の側に立った施策です▲つまり、虎穴の外で(自、民の交渉の埒外で)幾ら騒いでも得るものはない。ならば、批判の矢を浴びても、穴に入って(つまり交渉に参加して)得るものを得た方がいい、との判断でした。これがいわゆる三党合意(後に、民主は脱落)に至る公明党の考え方でした▲今になって、それは極めて煩雑で導入は難しいとか、あるいは、金持ちも同じようにその利益を得るから、弱者救済は名ばかりだ、との批判も見られます。しかし、政治は「よりまし選択」です。いかに困難を伴おうとも、やってみる価値があることは断行すべきです。(2014.3.10)

 

魔の10キロ走が今では陶酔状態に

私自身の文字通りの転倒による右膝の痛みもお陰様でほぼ消えた。全治二週間だった。このところ早朝に姫路城周辺二周、すなわち5キロを走っている。往きと帰りは歩いたり走ったりで、都合7キロのコースである▽これまでに、私はランニングにまつわる三度の痛い思い出がある。最初は、高校時代。明石公園10キロマラソン。死ぬかと思うほど苦しかった。二回目。大学時代。合気道部に入ったものの、毎日10キロほど走らされるばかり。直ぐに音を上げ、憧れの袴など穿くことなく敢え無く退部。大きな悔いに▽最後は極め付け。新聞記者になってすぐに、机を持ち上げたところ、激痛が走り、ぎっくり腰に。以来38年間腰痛に悩まされ続けた。この間に信濃町の絵画館前の一周約1.3キロのコースを8周、つまり10キロに幾度か挑戦するも、いわゆる寝腰(朝、起きたときに疼痛)に襲われ、途中でいつも断念▽ようやく60歳を過ぎて、カイロプラクティックの効果があって、見事に腰痛は解消。”60の足習い”が実現することになった。先年、夏の暑いときに、一か月300キロも走ったことがある。もはや完全なランナーズ・ハイ状態。時に20キロも走る。かつての魔の10キロが今では陶酔の10キロになっている。              (2014.3.5)

 

 

どこの国の代弁者かと疑わせる元首相の”転倒”

誰かに似てるなあ、と人様の顔を見ながら考えるのは密やかな楽しみだ。私は結構言い当てるのが得意で、時に座を盛り上げる。先日、知人の娘さんの結婚披露宴でのこと。眉毛を大変に長く伸ばされた80歳ぐらいの穏やかな雰囲気の男性と同席した。ある大学の名誉教授で放射線の専門家。村山さんにそっくり。ご本人も自覚されていた▼この方の写真を撮って後日送って差し上げると、礼状に「自分は村山氏と(原発や核をめぐって)同じような考え方をしています。ならば、もう少し伸ばしてみてもと思ったりします」という風にあった。原発も核も即時撤廃が正しいとの主張をお持ちだった▼その時、即時撤廃は望ましいが、現実的でない。原発は数十年かけて、段階的に解消していくしかない、と述べた私に反論された。それは見解の違いとしよう。ただ、村山氏が、先日韓国の国旗・太極旗を背後に、従軍慰安婦問題をめぐって日本政府批判をされたのは納得がいかない。おめでたい場所柄もあって、そんなことまでは触れなかったが、あるジャーナリストは村山氏は売国奴だとまで罵っていた。これも眉毛に免じて許されるのだろうか、と今になって思う▼この問題をめぐっては、河野洋平氏が官房長官時代に出したいわゆる河野談話が尾を引いており、村山さんら、いわゆる左翼政党関係者だけの責任ではない。村山さんも辞め方は潔かった部類だが、細川、小泉氏ら同様、辞めてからも続く派手な”転倒”ぶりは迷惑千万だ。  (2014・3・4)