【12】映画『激動の昭和史 沖縄決戦』を観る/6-25

⚫︎戦場を徘徊する幼女と寝言で母を呼ぶ軍人の対比

 6月23日『沖縄慰霊の日』に、映画『激動の昭和史 沖縄決戦』(1971年)を観た。岡本喜八が監督、脚本は新藤兼人である。これまで何本も観てきた「反戦映画」の中でも出色のものだと確信する。その理由は、戦場を徘徊した後にエンディングを象徴する3歳ぐらいの幼女の姿と、日本軍人の典型と見られる丹波哲郎扮する長参謀長の描き方にあると思った。幼女の作為なき天衣無縫の振る舞いと、ぎこちなさが突出した軍人役の演技と。この相反した2つの映像が映画を見終えたあと無性に迫ってくるのだ。

 洞窟を改造して作られた野戦病院での怒号、悲鳴が飛び交う中での鋸で足を切断するシーンなど目や耳を覆い隠したくなる場面の連続。そういった中を飄々と歩き彷徨う幼女。見終えた後でその残像がジワリ蘇る。一方、逞しい上半身を曝け出した将校が、「お母さん」と幾たびか寝言を呟く場面ほど、怪しげで〝らしくない〟カットも珍しい。戦さを偉そうに議論する〝うつつ〟と、母を求めて口にする〝夢枕〟との落差。言語を絶する戦争の悲惨さを突きつけ、胸掻き乱させるこの映画は稀有な存在だ。

 そう、何もかもが異常で、常軌を逸したとしか言いようがない惨状。大本営なる戦争遂行の中枢が「機能不全」となった。そこから発せられる支離滅裂な指示に翻弄される最前線。あの太平洋戦争で唯一の地上戦が展開された「沖縄戦」こそ現代日本人が幾たびも反芻し学習する必要がある歴史の一頁である。それは一瞬にして何もかもが瓦礫となった広島とは同じ地獄でも、次元を異にしたもう一つの地獄なのだ。広島、長崎は沖縄とは「点と面の違い」と言えるかもしれない。戦争の残酷さと卑劣さにおいて区別はない。点は限りなく深く、面はどこまでも無限に広い。そんな史実を学ぶ上でこの映画は比類なく貴重なものに私には思われてならない。

⚫︎歴史の書き換えを持ち出す誤認識の政治家

 戦後80年の「沖縄慰霊の日」を前に大きな話題になったのが、自民党の西田昌司参議院議員の発言である。那覇市で開かれた会合で、「ひめゆりの塔」の展示を巡り、彼は自身の古く誤った認識で、いわゆる「自虐的歴史認識」を上げつらい、「歴史の書き換え」だと批判した。後に、多方面からの批判を浴びて、発言を謝罪し撤回した。この経緯を振り返る時に、彼こそこの映画を見るべきだと思った。一連の史実が過不足なく忠実に再現されていると確信するものだからである。

 実は、この映画には「敵」の姿が全く見えない。日本国内での地上戦だから、当然米兵と思しき相手は幾たびも出てくる。海から陸への上陸風景や進みくる戦車の後方に、そして洞窟の中に火を投げ入れる場面にと。しかし、いずれも米兵とは確認できない。音声とその文字はカタカナで、「デテキナサイ、コウフクスレバイノチはタスケマス」などと、それらしき雰囲気を醸し出しはするが。実像は確認出来ない。

 この姿なき米兵の存在との戦いの映像を振り返って、ふと「歴史の書き換え」などといった実態とかけ離れた虚像を作り出してしまう人間の愚かな性に思いを致さざるを得ないのである。(2025-6-25)

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