自分でわが身に課した支援の手法を楽しむ

統一地方選挙の後半戦から。太子町議選の選挙告示日に旧知の仕出し料理屋の大将と懇談しました。曰く。「あんたは落ちた時に礼に来た。当選したらあとは知らない顔を決める人間が多いのに。そこが気に入った(初出馬で落選した26年ほど前の私のことを未だに言われるのはこそばゆい限り)」「選挙になって慌ててお願いしますを連呼するのではなく、日ごろの行動の総決算が問われるのだからじっくり構えているべし(だからといってそうしているとまず落ちますね)」「選挙民は愚にして賢。小さい選挙ほどよく候補者の姿が見える(大きい選挙の候補者も安心しているととんでもないことになりますよ)」などなど。すぐに首肯できるものから、出来かねるものまで色々と貴重な意見をくれ、参考になりました▼国政レベルの選挙、とりわけ衆議院小選挙区比例代表並立制の弊害についてはかなり厳しい意見を提起していました。要するに小選挙区で落選しながら比例区での敗者復活は納得がいかない、と言う点です。私のように比例区のみの単独候補者でありながら落選してのち、他党の候補者数欠落のためにお鉢が回ってきて当選するなどという離れ業(?)の持ち主としては、いかんとも言い難いところがありますが、要するに選挙制度の欠陥ここに極まれりというほかない事態を指摘されるのです。議員をやめて二年。現場の意見の大切さが改めて身に沁みました。こうした地方選挙の応援は実に楽しいものがあります。あの人、このひと。日頃のご無沙汰を詫びて旧交を温める絶好の機会です。今回もいろんな場面がありました。姫路で司法書士事務所を経営し、太子町に住むS先生ともそれこそ長い長い付き合いです。今回電話すると、うちの事務所には新たな票が2票あるよ、と。聞くと、新しいメンバーと交代された様子。そのうち一人は私の大学の後輩。もう一人は後輩市議の同窓生。一気に深まる人間関係は面白いほどでありました▼新しいもの好きの私はなんでも自分でゲーム化したり、オンリーワンの手法(少なくともそう思える)を編み出すことが得意です。今回は姫路の8人の公明党市議と6人の明石市議と太子町の2人の町議にまったく新たな友人を紹介(それぞれの候補者の住むエリアの友人を充てることがミソです)することを目標と決めて自分に課しました。これって結構難しいのですが、自分としては4年前と同じ手法ではないことで、大いに気分が乗るのです。しかも一人ひとりに候補者自ら電話で依頼をさせました。楽しい選挙戦になりました▼今回の選挙戦のさなかに旧知の運勢判断(字画でやるのではなく、生年月日で行います)をされる方とお会いする機会がありました。談偶々、注目の首長選挙の勝敗のことに及び、やはり今年の運勢が強い方が勝つに違いないということになりました。ひと場の座興にしてはなかなか深刻なテーマです。急きょある市の候補者2人の生年月日を入手し、その運勢を占ってもらったのです。その結果は片方が見事なまでについているというもの。片や今年は新しいことに挑戦せずじっとしているべし、と。結果は?これ以上は、誤解されるといけないので、やめときましょう(笑)。▼ともあれ精一杯楽しみながら、愉快でわくわくするような選挙戦を終えることができました。私の所属する兵庫県公明党は全員当選です。後輩たちが初心に帰って地域住民の皆さんのためにいい仕事をしてくれることを心から望んでいます。(2015・4・27)

負けて泣くより勝って泣けを胸に

昨日は姫路市内のある市議選候補者の事務所開きに参加し、応援演説をさせていただきました。朝から雨がかなり降っており、三々五々と集まっていただく支持者、支援者にはまことに申しわけなく思えました。尤も近畿全般に天気予報では「雨」と出ていましたから、どの陣営も同じ、恨みっこなしです。少し早めに着いたので、すぐ近くにある偶々先週末に亡くなられた先輩の家に弔問に出向きました。その方は昭和15年生まれ。私が初めて衆議院選挙に臨んだころは40歳台後半で元気いっぱいの猛者ともいえる支援者の幹部の方でした。残念ながら10数年前からは肺浸潤を患われ呼吸困難になられることもしばしば。数年前には余病も併発され、入退院を繰り返しておられました。私の選挙ではある意味、”守り神的役割”を果たしていただいただけに大きな感慨を抱きつつ御遺族にお悔みと励ましをさせていただいてお家を辞しました。このようにお世話になったひとの訃報に接することが増えてくるのは仕方がないこととはいえ、無念ではあります▼そういう思いとは裏腹に事務所開きは雨を吹き飛ばす勢いで幕を開けました。なんといっても凄かったのはずらり顔を揃えた自治会長たちの姿です。候補者がこの地で5期20年の間、市議をやってることもあって信頼の度合いが違っているとの実感を持ちました。加えて本人も実に豊富な実績を持っていました。生ごみの収集日を拡大したり、救急医療センターの設置はじめ医療問題への懸命の取り組みや投票お知らせ券への期日前投票宣誓書の印刷など事細かなものがいっぱいありました。それを整理して語る本人の姿はなかなか頼もしく思われました。実際、私の現役時代に彼は厚生労働省や学者に会うために上京を繰り返して来ていたものです。このあたりを含めいかに彼が真剣に地域発展、活性化に貢献してきていることを力説、これからも一層期待できる逸材であることを強調しておきました▼今回の地方統一選挙の最大の課題、焦点は、なんといっても地方消滅を促進するような”一極集中”を避けて、地方都市を蘇生させる方途を見出すことにあります。姫路も「播磨圏連携中枢都市」などといった美名に惑わされずに、「ふるさと回帰」とでもいうような活性化を周辺地域にもたらせる必要があります。そのあたりを強く主張しておきました。後半戦は、兵庫県では姫路市のほかに、明石市、芦屋市と首長選挙があり、それぞれ熾烈な戦いが始まっています。明石市に顧問先の企業を持つ私としては、姫路だけではなく明石市長選挙に強い関心があります。明石はかっての賑わいがすっかり姿を潜め、メインストリートにさえシャッターが降りている店があります。そういう店のシャッターの上に現職市長のポスターが所狭しと貼り付けてあるのは悪い冗談というか、政治センスを疑うばかりです▼先日、明石青年商工会議所主催の討論会に3候補が激突するというので出かけました。しかし、今述べたような明石を活性化するためにどうするのかという討論はあまり聞かれず、きれいごとの羅列に聞こえたのは残念でした。現市長は4年前に数十票差で井戸知事の元秘書室長を破って勝った元民主党代議士です。しかし、この4年というもの、このひとに殆ど見るべき実績はなく、むしろスキャンダルめいたことばかり。兵庫県政とは勿論、自公政権中央ともパイプはありません。そんな市長に何ができるのかとの思いは募る一方です。”負けて泣くより泣いて勝て”との言葉通り、支持する候補者の健闘を祈るばかりです。(2015・4・20)

兵庫県議選の結果から見えてくるもの

統一地方選挙の前半戦が終わりました。私が住み、これまで深く関わってきた兵庫県の議会議員選挙に絞ってささやかな分析めいた感想を記しておきます。自民、民主が議席を減らし、維新がその分伸ばし、公明、共産は現状維持というのが大まかな獲得議席の結果です。なかなか味のある結果であると言えます。兵庫県議会は野々村某氏をはじめとする政務活動費問題で日本中の笑いものになり、人心を寒からしめました。あんな人物が県民の代表であったことに心底から恥ずかしく、悲しい思いを抱いたひとが数多くいたと思います。選挙期間中、私も個人演説会で今回の争点がこの問題の処理にあり、忘れ去られてはならないと強調しました。断じて疑惑の議員を通してはならないとの訴えに圧倒的な賛同の拍手を頂いたものです▼その結果、二人のベテランの関係議員が落選しました。とりわけ姫路の現職はテレビ局の取材に逃げ惑う姿を映されたことが話題になりました。落とすことができてホッとしています。彼は長きにわたって自分の地盤地域のみを大事にし、自民党のことにも殆んど関わらないという典型的な”自分党”所属のひとでした。つくづくとよくもまあ出馬したなあと呆れます。責任を感じて今回は出馬せずにいたら、「捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」で晩節をここまで汚さずに済んだのに、と思ってあげるしだいです。典型的な古いタイプの地方議員の退場です▼姫路の場合、維新の会の若手議員がこれに取って代わりました。まだ30歳。地元の白陵高から名古屋大、東大大学院というエリートコースを歩んだ人物ですが、これからが注目されます。「維新」は大阪の女性衆議院議員の不祥事に見るように未だ未知数というか、玉石混交の不確かな政党です。学歴がいかに良くとも、この党には志が低いひとが多すぎるように見えてなりません。兵庫県議会でも9議席を得てこれからの議会運営に期待したいと思いますが、果たしてどうでしょうか。結局は期待外れに終わりそうな予感がします▼兵庫県議会は長年自民、民主、公明が与党を形成してきました。真の知事に対する野党が存在しなかったことが県政の弛緩を生み出してきたともいえます。「維新」に期待するのは、知事に対抗する勢力になりうるかどうかということでしょう。神戸志民党なるものを形成した樫野氏は二回にわたって神戸市長に挑戦しましたが落選。今回初めて県議選に挑み当選しました。しかし、ひとりだけです。神戸市議会も大勢擁立しながらひとり。これでは”一将功なって万骨枯る”の見本のようなものです。彼が志を全うするのか、それとも結局は就職先に県議を選んだのかは、早晩分かることです▼それにしても投票率の低さは嘆かわしい限りです。3人に2人は投票所にいっていないのです。そんな中で当選できたことを「万歳」などと叫んでいたら、喜劇を通り越して悲劇の幕開だと思います。姫路でも当選した自民党および自民党系無所属の4人は揃いもそろって二世、三世の世襲議員です。私はそれぞれの父親、祖父をよく知っていますが、彼らに罪はないものの、保守系政治家の供給源の浅薄さを嘆かざるを得ません。公明党は”出たい人より出したいひと”という言葉を大事にして様々な分野から人材を発掘してきています。それぞれ天職と思い励んできた道を途中で断念して政治家に進んだ人ばかりです。そういう人物であるがゆえの素人っぽさを大事にして庶民に寄り添う政治を貫いていってほしいものと思います(2015・4・13)

小学校の入学式で日本の教育のこれからを考える

春は入学式の季節。各地で行われていますが、私は生まれた地・姫路に東京から戻ってきて27年。この間に都合4回住居を引っ越しました。今はそれこそ誕生した地のすぐそば、入学した小学校と同じ町内に住んでいます。たまたまこの4月から自治会長を引き受ける羽目になり、その最初の仕事として母校の入学式に参列しました。たまたま校長先生も新任で変わったばっかり。新入生の子どもたちが「ドキドキの一年生」という歌を合唱してくれましたが、校長も自治会長もまさに”ドキドキの一年生”ということで、大いに笑いあいました▼年々歳々新入生の数は減ってくるというのはやはり気がかりです。それでも今年は70人ほど。クラスにして3クラスに分けられていました。併せて「のびのび学級」と、「すくすく学級」というのが併設されていました。校長に聞きますと、身体的に虚弱な子どもさんと精神的発育に少し遅れがある子どもさんのためのクラスで、それぞれ1~2人いるとのこと。式が行われている間に見渡すと、車いすの子どもさんがひとりいました。式典の進行中に、司会の先生が「はい、みんな立ちましょう」といわれるたびに、立てないその子の心情をおもいやると胸締めつけられる思いに駆られました▼私は、今から60数年前にこの小学校に入学しました。戦争が終わって7年ほどたった頃です。文字通り戦後の焼け野が原からようやく立ち直りかけたころでした。米国による占領期間がちょうど私の幼年期に重なりました。学校に入った時が日本の独立した頃と同じなわけで、今更ながらに親の心が思いやられます。孫がもうすぐ幼稚園の入園式ですから完全に人間のひとサイクルが終わったといえ、実に感慨深いものがあります。「幼保一元化」や「小中一貫教育」といったことが叫ばれている今日、心底から子どもたちのために日本の教育の再建がなされねばならないと思う次第です▼選挙戦も終盤を迎えています。私の住む地域の県議会議員候補は、小学校の美術の先生を27年間やってきて、市議会に推薦され8年間議員をやってきました。今回は前任者が不慮の病気で、急きょ県議会に挑戦することになったひとです。文字通り政治家になろうと思ってきたひとではなく、教育者を目指して一心不乱にやっていたのに、「出たい人より出したいひと」というわけで、8年前に出馬することになりました。昨今、政治家を就職先として目指す人が増えてきていますが、果たしてそういう人の志はしっかりしているのかどうか、心もとない思いがします▼国家の礎は教育からといいます。敗戦後70年、独立を日本が果たしてから63年。自分が受けてきた教育には誇りと自負心があるものの、わが子を育ててきた教育環境というといささか自信が揺らいできますし、孫の世代がこれから受ける教育ということに思いを馳せると、急に不安が募ってくるのはどうしてでしょうか。教育者の道を捨てて政治家になった後輩の県議会議員候補が懸命に「ご支援を宜しくお願いします」と言ってる姿をみるにつけ、「よろしくお願いしたいのはこちらの方もだよ」と思います。つまり、日本の教育、兵庫、姫路の教育をしっかりと立て直してね、と。(2015・4・9)

二世、三世や偽物議員候補に断じて敗けるな

地方統一選挙が告示されました。都道府県議会、政令指定都市議会などの選挙が19日の投票日目指していよいよ動き出したわけです。よく選挙期間中の戦いを「舌戦」といいますが、私はあまり好きではありません。いかにも舌先だけでいいくるめる戦いのように思われるからです。候補者の人間性、政策立案能力、公約実行力などすべてが問われる大事な闘いの期間がこの10日間です。支援する側は候補者の売りどころをしっかり踏まえて友人知人に訴えて行きたいものです▼兵庫県議会ほど今回の選挙でその存在意義が問われるところはないと思われます。3年間に345回もの豊岡方面への出張をしたなどといって虚偽の報告をして、政務活動費を不正に使った議員が存在したのです。その事件から始まって30人を超える議員たちの好ましからざる使い方が明らかになり、総計2500万円もの政務活動費が県に返還されました。あきれ果てた正に天をも恐れぬ不正行為の修羅場になっていたのが兵庫県議会です。私が住む姫路市選出の議員の中にも二人ほど多額の不明朗な使い方をしたものがいて、そのうちのひとりはテレビ局の取材に逃げ惑う姿が映し出されて、一般有権者の不興を買いました▼私も50年もの長き時間、選挙に携わってきましたが、今回ほど有権者を馬鹿にした議員が出た後の選挙というのは珍しいと思います。ところが、では新たな人材、新風を期待できる候補者が名乗りを上げたかというと、相も変らぬ二世、三世議員が跋扈している状態です。そのうえ、衆議院選挙に出て落ちたり、首長選挙に落選したものが回ってきたりと、要するに政治家としての志を疑うような、単なる就職先としての県議会や市議会と考えているとしか思えない輩が多いことはまことにゆゆしき事態だといえましょう▼告示の日、私は公明党県本部顧問として「あまの文夫」候補の事務所開きに、応援弁士として10分ほど話させていただきました。彼はフレッシュな庶民の代表に相応しい政治家です。腐りきった兵庫県議会を正す役目こそ新人のあまの候補の使命だと強調したのです。➀大誠実のひと(この人ほどその言葉が相応しい人はいません)。➁教育の専門家(27年間の小学校教員経験)。➂大きな絵の描けるひと(美術教師らしい、構想力の卓抜さを持つ)という3つの特質を訴えていこうと呼びかけました。前任の大野ゆきおさんは一昨年末に気の毒にも脳出血で半身不随になってしまいました。必死のリハビリで順調に回復していますが、道半ばで倒れた彼のためにも後継のあまの候補を通したい、いい加減な二世、三世の議員や偽(にせ)議員に敗けるようなことが会っては断じてならないと力説しました。(2015・4・3)