夢かうつつか「琉球独立」論のゆくえー「沖縄の今」を考える⑤

数多ある沖縄をめぐる小説の中で、私としては池上永一の『テンペスト』に最も心惹かれた。仲間由紀恵の主演でテレビ映画化もされたゆえ、ご存知の方も少なくないものと思われる。男と女の二役という現実離れした役まわりなど、奇想天外な物語もさることながら、琉球の中国と日本を相手にした見事なまでの外交展開の筋立てに感じ入ったのである。佐藤優氏はこれを「エンタテイメント小説の体裁をとった政治と外交の実用書なのである」(『功利主義者の読書術』)とまで、礼賛している。私も今の現実政治の中に適応させたい誘惑に駆られる。何も小国・日本が大国・中国や米国のはざまで苦労する姿に投影させたいだけではない。文字通り沖縄が中国と日本を両天秤にかけることと二重写しに見える。前回、加藤朗氏や柳澤協二氏らの議論を追った際に、中国支配に東アジアがなびく流れが現実のものになるのでは、という仮説に触れた。この本を読みつつ考えを深めれば、決してあり得ぬとして切って捨てられない重みを持つ▼琉球が日本民族の中で異彩を放つのは、隣県鹿児島よりも台湾に近いという地理的位置だけではない。歴史的にも文化的観点からもあらゆる意味で、大陸中国や台湾の影響が影を落としている。『琉球独立論』は、単に沖縄が日米関係の中で、顧みられないから自立するとの次元からのものだけではない。沖縄が中国と接近するという意図を持つとどうなるか、との問題設定は決して荒唐無稽なものではないのである。世界を見渡せば、少数民族が自立の方向を目指すという流れは東に西に、今や枚挙にいとまがない。沖縄が日本に対して「三下り半」を叩きつけるということはあながち夢物語とは言えないかもしれないのである▼かつて、私は衆議院本会議で、「沖縄を准国家的扱いにせよ」との主張を展開したことがある(平成23年3月31日)。これは何も小説の読み過ぎで、それでなくとも飛びがちの私の思考回路が緩んだせいではない。本気で沖縄の人々の心に向き合わないと、沖縄の日本離反が起こりかねないと思ったから警鐘を鳴らしたつもりである。それは日本政府が対米忖度を強めるばかりで、一向に沖縄の側に寄り添わないないという県民の苛立ちが大きなうねりになるとの危惧を抱いたからでもあった。せめて対米交渉の場に、沖縄県の代表も常に同席させ、日米地位協定の改定に向けて実質的な交渉を進めるなどの諸提案を様々な場で展開したこともあるのだが、遅々として進まぬのはこれまで見てきたとおりである▼日米関係の成り行き、特に軍事的側面は大きく変わりつつあるという。このことを、日米関係の現実の中で自衛隊員の姿を追ってきた杉山隆男氏が最新刊の『兵士に聞け 最終章』で迫っていて興味深い。彼は、読売新聞記者出身のジャーナリストだが、この10年間というもの陸海空の自衛隊を追い続けてきた。いわゆる「兵士シリーズ」はこの7作目で終わるのだが、なぜかといえば、「取材環境が激変した」のでもう書けない、というのがその最大の理由である。ありのままの姿を追ってきた彼に、このところ様々な制約をかけてきた自衛隊当局。自衛隊が明らかに変質しようとしていると彼は睨む。それは今まで通り日本を半独立国家のままに置きたい米国と、それでいいとしてきた日本の関係に根本的な変化が起きようとしているからだろうか。表面上はとてもそんな風には見えない。深層部では何が変わりつつあるのか。「沖縄の独立」を口にする前に、日本の真の独立がなければならないと私はかねて考え主張し続けてきたが、その兆しすらうかがえず、ますます日米の同化は進んでいるというのが正直なところだ。米国に抑え込まれた日本、そしてその下で不遇をかこつ沖縄。この三者のゆがんだ関係を見て見ぬふりをし続けることは最早許されないのだが。(2017・7・27=この項終わり)

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