静寂と喧騒とー「薪能」と「ロック」連続鑑賞の妙

姫路城祭りが今年も11日から3日間、お城の周りを中心に繰り広げられました。このうち最終日は雨にたたられましたが、あとは好天気に。とはいうものの最近の異常ぎみ気象傾向もあって、いささか調子が狂ったことも否めません。特に第一日目の姫路城三の丸広場での薪能は寒かった。うっかり半袖のTシャツに軽い春向きのジャンパーを端折っただけだったゆえ、ともかく震えました。二日目は大手前ビルの地下のライブハウスでのロックコンサートに。前日の寒さがこたえたこともあり、スーツにネクタイ姿で。当然ながらその場には不釣り合い。見渡したところ私だけの場違いモードでした。ともあれ広々とした空間での静寂そのものの薪能鑑賞と、狭い地下室での喧噪そのもののロックコンサート体験。まさに両極端でしたが、その顛末のひとくさりを披露します■姫路城での薪能には、私は今回で三度目。年来の友人である高石佳知さん(骨粗鬆症と歯との関連研究で著名な歯科医)がこの催しの実行委員長でもあり、いつもお招きを頂いてきました。かつては真夏の8月に開催されていました。しかし暑すぎることから今のようにお城まつりの一環としてこの時期に開催されるようになりました。今年は姫路市北部の安富町に住む長田高、慶大以来の友人山本裕三 君を誘いました。かれはご近所に住む粋なフランス人夫婦(奥方は日本人)を一緒に連れてきました。国際交流。願うところです。そのフランス人男性に感想を訊くと「忙しい現代生活のなかで、時が止まったようにゆっくりとした雰囲気は実にいいですね」と優等生の答弁。ただし、突っ込むと「いやあ、よく眠れましたよ」と冗談っぽく。とても寒くて眠れなかったはず。げんに舞台上でシテが羽衣を羽織る場面で、彼も上着を羽織りだしたのには笑えました。加えて、静寂そのものの雰囲気の中で上空を舞っていた二羽のカラスが、演奏の合間に「かあー、かあー」と二度三度と啼いたのにも■一転、翌日は喧噪そのものの渦中に。そこは50人ほどで一杯。中野区に住むある後輩から、「姫路出身の樽本学さんが故郷で30数年ぶりにコンサートをやるので応援してあげて。私は行けないけれど中野から3人ほど行くから」と。中野は私の第三の故郷(一に姫路で、二に神戸)だけに、二つ返事で引き受けてしまいました。開会から二時間。主人公の樽本さんは吠えるがごとく歌い続ける(途中少し交替)ばかり。仲間の4人はドラム、ピアノ、ベース、ギターを弾き、叩きまくっていました。耳をつんざく大音響の連続には、辟易しなかったといえば嘘になります。なにしろ私はNHKで今放映中の「朝ドラ・半分青い」のすずめちゃんと同様に、耳が片方不自由なのです。オープン早々からの大音響に「これはやられる」と脅えました。このため演奏中は、ほぼずっと片方の健全な方の耳を手や指さきで抑え、音量を調整する羽目に。手拍子が強要(しないと悪い感じが)されたり、片手を挙げたりとか、「よいやさー」の祭りの掛け声をやれ、とか。私の人生におけるほぼ初の体験。珍しくも楽しく怖い体験でした■二日とも終了後に駅前にある行きつけの居酒屋に皆を誘って懇親会を。薪能の後は安富町の3人と。ロックの後は中野区の3人と。静と騒と、城の前の広々とした空間と狭いビルの地下の小部屋と。片やただひたすら寒い中を能を舞う人をじっと見つめるだけ。片や、ひたすら狂ったように歌い、叫び、踊る”いけいけロックシンガー”を見ながら、リズムを取りつつ身体を揺らしながら、時に叫び時に舞うがごとく。伝統芸術と現代音楽と。対照的な二つの試みに連続して接触してしまったわけです。「踊るあほうに見る阿呆」といいますように、同じことなら、ここは身体を動かす方でなければ、面白くはないかも。そういえば、お城祭りの二日目、大手前通りでは沢山の市民が踊りをしていました。老いも若きも男も女も皆お囃子に合わせて踊っていたのです。地下からあがって外に出てくると、もう踊りは終わっていましたが、あの「総踊り」の列に入るのが通常の人間の感性なのかもしれません。(2018・5・17=修正版)