公明党の折り合いのつけ方の上手さを褒められて

先日、仲間内で「カジノ」をめぐってあれこれと話す機会がありました。この際に淡路島なんかに誘致してははどうかと積極的に賛同するひと、いやそれは御免蒙る、絶対反対だというひとの間で論争になりました。結局は日本にあってもいいが、兵庫よりも大阪辺りが相応しいのではないかというところに大筋落ち着きました。昨年夏にシンガポールに行った際にカジノの現場を見てきた私としては、どちらかといえばカジノ賛成の立場です。ですが、ギャンブル依存症などへの十分な対応が用意されることが必要だろうと思っています。既にパチンコを筆頭に「ギャンブル大国」と言われる日本ですが、その陰で人生の破綻を経験し、悪戦苦闘しているひとが多いことは決して見逃せません▼先の国会ではカジノ導入をめぐる法案の採決で一波乱ありました。とりわけ、公明党が採決にあたって党議拘束を外して議員個人の自主的判断に任せたことが話題になりました。口の悪い向きは、政党として一つのまとまった決断を下せないのはおかしい、政党の体をなしていないとまで言う向きもありました。一方、こういう風に公明党を追い込んだのは自民党政権で、公明党は精一杯抵抗姿勢を示したともいえ、立派だったとの考えもありました。私自身は、後者に近い意見でしたが、もう少し自民党に文句を云ってもよかったのではないかとの思いも否定できませんでした▼ところが、そういう状況の直後の世論調査(共同通信)では面白い結果がでていました。政党支持率において公明党だけが支持率を伸ばしたのです。なぜでしょうか。親しい記者と意見交換をした結果、世論は公明党がひとつにまとまらず、議員個人の自主判断にゆだねたことに新鮮さを感じたのではないか。賛否のバランスがほぼ二対一で賛成派が多く、しかも、山口、井上のツートップが反対したことにも意外性があって、評価する向きが多かったのではないかとの見立てで一致しました。後輩の衆議院議員に訊くと、あらかじめ打合せもせずああいう結果が出たことには党内もみな驚いていたといいます▼この間私の親友が姫路に来て久しぶりに懇談をしました。談たまたま政治の今に話題が及びましたところ、何かとうるさい彼が「俺は創価学会員でも、公明党員でもないけれど、近ごろの公明党は素晴らしい。それは政治課題についての折り合いのつけ方が実に上手いからだ」というのです。つまり妥協の仕方がいいというのです。彼は哲学者の永井均氏の『倫理学』なる著書の一節にある「中庸とは何か」とのくだりを引用してまで、公明党代表の山口氏が中庸の本義をみごとなまで実践している、と力説するのです。公明党が時々の政治課題に対して上手く折り合いをつける手法は、何も今に始まったわけじゃあないと言いたかったのですが、折角褒めてくれるのだからと、有難くお褒めの言葉をおし戴いた次第です。(2017・1・29)

「死に姿で生き方が分る」ことの大事さー「生死の研究」(2)

「死期を悟って、死を受け入れたと思える人の遺体は、みな枯れ木のようで、そして柔らかな笑顔をしています」-映画「おくりびと」の基になった「納棺夫日記」の著者である青木新門さんの「死を語る」(読売新聞1・22付け)は非常に読み応えがありました。いつの頃かぶよぶよした遺体が増えており、それが延命治療を受けてきた人に多く、それは「死を受け入れず、自然に逆らった結果のようにも感じられます」と述べた後に、冒頭の言葉が続くのです。そして「体や心が死ぬ時を知り、食べ物や水分を取らなくなり、そして死ぬ。それが自然な姿なのではないか」と続けています▼志村勝之氏も彼の母上の延命治療が極めて不本意だったことを述べていて印象深いものがあります。ご本人がそれを望まなかったにも関わらず、結局は最後の段階でそうなってしまったことを悔いているのです。私の親しかった従姉は70代半ばで倒れて、もう意識不明のまま3年近く病床に横たわっています。これはもうむごいとしか言いようがありません。本を読むことが大好きで、あれこれと本の読後感を交わしていた彼女が今のような事態になるなんて。しかし、延命治療を放棄せよなどとはとても言えません。ひたすら耐えるしかないのです。青木さんのいうような死に方をしたくても出来ない。辛いことです▼生きてきたようにしか死ねない、っていいます。しかし、これも残酷な云い方です。意識不明のままで寝たきり状態が続くという、死への道程を誰が元気な時に想像できるでしょうか。私の従姉の生き方にどんな咎があったというのでしょうか。この状態を目の当たりにし、じっと看病を続ける夫の義従兄を思う時に、本当に辛いのは本人ではなく彼だなと思います。そういう老妻を持ち、悩み苦しむ宿命を実感するということで。仏法では「宿命を使命に変える」、と教えています。「悩むより挑む」のだとも。愛するひとが死もままならぬ事態にじっと堪えて寄り添う姿に、多くのひとが感銘すると捉えるしかないと思っています▼私は小学校へ入学する少し前、5歳くらいの時に、祖母と一緒に叔母(祖母にとっては娘)の家に行き、そこで祖母の死に直面した経験があります。初めてひとの死を目の当たりにしました。いらい65年余り。あの時にみた祖母の遺体から流れ落ちた一筋の液体が目に焼き付いて離れません。今私には6歳と3歳の孫がいますが、この子たちに感動を与えるような死に方をしなければ、と思います。勿論、どのように生きてきたかを知ってもらいたいとは思いますが、それを直接分からせるのは、今の歳では無理だろうから、取りあえずは死に方を通じてでしかない、と決意しています。(2017・1・25)

奥深き国・タイのとば口に立ってみて……

先週明けの17日からタイのバンコクに三泊四日で行ってきました。今なぜタイなんでしょうか?これまでの人生で行く機会がなかったのでここらでなどというありきたりの理由やら、仕事絡みということもありました。しかし、行ってみると色々と考えさせられることが多く大変に貴重な旅となり、私が今行くべき必然性があったような気さえします。タイにしばしば趣味と実益を兼ねて行っている友人にあらかじめタイの印象を聞くと、「とっても優しいひとが多いけど、『暑い、汚い、臭い』ところだ」というのが答えでした。私としては、「爽やか、賑やか、したたか」な印象が率直なところです▼タイの一月は暑すぎることもなく、もちろん寒くもなく、ちょうどいい感じでした。プーミポン国王が亡くなったものの喪明けと重なり、どこもかしこも観光客と喪服姿の人々や旧正月を祝う地元民とでごった返していました。そしてツクツクという三輪車風の乗り物の若い運転手は、暴走族さながらで乗客の私たちの肝を冷やさせたうえ、ぼったくりの運賃請求をしてきたのです。タイ式マッサージ師の女性の豪快そのものの揉み方と共に、優しさよりもしたたかさが上回る印象は否めませんでした。建設ラッシュで超高層ビルが林立、真新しいビルには欧米の専門店が軒並みオープンしており、よほど注意していないと、ここがアジアの一角だということを見紛いかねないぐらいです▼今回のタイ訪問での私の密かな狙いは、西欧風民主主義の黄昏に直面して、仏教の哲人政治の伝統を持つタイから学ぶことがあるのかという問題意識でした。軍政と市民政治をクーデターを挟んで交互に繰り返すこの国の政治の歴史的伝統は、単なる民主主義の遅れということだけで切り捨ててはならないと指摘があります。故岡崎久彦氏が駐タイ大使時代に書いた著作で力説しているところです。また、大乗仏教の王たる法華経を身の内に取り入れて50年の私としては、三島由紀夫が自決の直前に書いた豊饒の海第三巻『暁の寺』における輪廻転生の生死観は長い間の判じ物的課題でもありました。小説の中に描かれた寺院とメナム川(チャオプラヤ川)の風景に身を置いて、その辺りのことをじっくり考えてみたいと思ったのです▼かの地では、佐渡島志郎大使と大使公邸で2時間足らず、ランチを頂きながら歓談した際に意見交換しました。また帰国直後に偶々姫路にやってきた外交評論家の宮家邦彦氏と、夕食を食べながら2時間余り話し込みました。共に濃度の差はあれ、私が現職時代にお世話になった間柄の外交官です。ひとの身体のことは医師に訊いたら分かるように、国と国の間のことについては外交官に訊くと疑問が解けることが多い。専門家らしいいい意見を聞くことが出来ました。これらは追々明らかにしていきたいと思いますが、結論はそう簡単には出ません。当然でしょう。言えることはただ一つ。タイは奥深いということでしょうか。(2017・1・22)

好きな生き方50年。そろそろ死に方をー「生死の研究」(1)

昨年10月と11月の二か月にわたって、私の友人で”浪花のカリスマ・臨床心理士”志村勝之氏のブログ『こんな死に方がしてみたい!』を通しての感想めいたものを『忙中本あり』で取り上げて、12回ほど書いた。12月は休んでしまったので、新年からは舞台を『後の祭り回想記』(これも回走記ではなく、回想記に改める)に移して、再挑戦してみたい。どうしてかくも彼のブログにこだわるかというと、いかに忙しくても生死にまつわることは避けて通ってはならず、真正面から向き合っておかないと後悔するとの強迫観念めいたものがある。加えて、約60年もの長きにわたって友人関係を持つ男の思索の道あとが気になってならないからだ▼タイトルも改めて『生死の研究』とでも仮にしておく。体裁としては、やはり志村氏の一昨年から昨年にかけて延々と続いたブログを下敷きにして、私の捉え方を述べていきたい。ご興味のある向きは、彼のブログにぜひアクセスされることをお勧めする。かれは私の見るところ当代随一の心理学徒であり、彼の書いたものは実にためになるからだ。今月は彼の続き物のうち、三回目の「死の物語」から。14回にも及ぶブログで志村氏は田沼靖一『ヒトはどうして老いるのか』、品川嘉也、松田裕之『死の科学』などからの引用を繰り返しながら「死」を考えていく。彼の「死」についての捉え方は、つづめて言うと、「好き勝手」に死にたいということに尽きる。今の時代は「自分の死の基準」及び「死生観」が求められており、自分自身の「死の物語」が要求されてくる時代が必ず訪れるとしたうえで、そう結論づける▼これはいうまでもなく彼は「好き勝手」に生きてきたから、死ぬ時も「好き勝手」にしたいということに他ならない。そこには、巨大な宗教集団に所属し、その組織の枠の中で生きることを「義務付けられ」てきた、私などの生き方を「嫌い」だと言っていることからもはっきりしている。中学時代からほぼ60年の時間の推移をものともせず、二人の間のこの自由さと不自由さの平行線は、表面上全く縮まらない。私は若き日より、先達の生き方をまずは学び、死に方もそこから学ぼうとし続けてきて、未だに学びきっていない。彼のように、自分の考えを突き詰めたあげく「自由に好き勝手に生き、そして死ぬ」というものとは対極にあるのだ▼私の場合、若き日の直観で、これしかないと決めた日蓮仏教、創価思想の道筋を懸命に学んできた。その途次で窮屈さを感じなかったといえば嘘くさくなるが、実際には気づいたらこの歳になっていたというのが正直なところである。「日蓮」、「池田大作」という巨大な存在が放つものを、必死に受け止めることの知的面白さ、感性的愉快さを上回るものなどなかったからこそ、この道一筋で、きた。しかもその方法論で、誤解を恐れずにいえば私も結構「好き勝手」に生きてきた。「好きこそものの上手なれ」という。だれが嫌いなものに取り込まれたりしようか。(2017・1・16)

本を読むよりも異業種との語り合いを、との提案

新年明けましておめでとうございます。正月三が日が過ぎようとしています。箱根駅伝をテレビで観たり、年賀状の返事を書いているうちに、です。それにしても青山学院大は強かったですね。そして創価大学も。常連の中に新規参入してきた大学として、二年ぶり二回目で12位というのは見事という他ない。シード校入りは来年のためにとっておこうということでしょう。私にとって印象に残るのは、創価大の主将が追い抜くときにポンと背を叩いた場面です。余裕があるというか。古い世代としては、いささか驚きでした▼箱根駅伝を観るとき、いつも思うのは、関西にも大学駅伝があればいいなあ、ということです。大阪をスタートして六甲山・有馬温泉まで走るというコースは考えられないのかどうか。関係者の皆さんに考えてほしいものです。今に実現していないのですから、やはり高さやら距離的に問題があるのだろうなあ、と思うのですが。ともあれ、世はランニングブームです。尤も、私は姫路城周辺ジョギングがやっとということになってしまいました。つい3年ほど前は塩田温泉まで15キロほどを走ったものですが▼この三日の新聞各紙を全部読んでみて(実際は二日分)、あまり読み応えがあるものはなかったというのが結論ですが、それでも光ったものは僅かながらありました。特に三日付けの産経新聞の正論『年頭にあたり』の外山滋比古さんの「若い世代に求めたい新しい知性」は面白かったです。外山さんのいう「本を読むより、違ったことをしている仲間たちと語り合う方がどれくらいためになるか。今の個人主義者、孤立派には分かっていないようだが、ひとりで考えることには限界がある。ほかの人と雑談をすると、ひとりでは思いつかないようなことが飛び出してくる」っていうのは、同感です▼知的会話のクラブをつくることを提案されているが、面白いと思いますね。私など戦後世代の先頭の人間ですが、どうしても古い先輩世代の物まねばかりをしてきた傾向が否めない。最近は異業種交流会と称して毎月の集いを開催しているものの、ワインに没入しがち。今年はひとつとことん語り合う機会にと思ったりもします。それにしても外山さんは若いですね。考えることが。(2017・1・3)