⚫︎リアルな国家間の激突と経済の動向
世界中が大混乱に巻き込まれ、今や地球は地獄の淵に立ったかに思われる━━イスラエルがイランの核に対する自衛のためと称して、空爆を開始し、その反撃から両当事国間の応酬が続く。ウクライナ戦争も中東・パレスチナでのガザをめぐる戦闘も未だ終焉の兆しはうかがえそうにない。冷戦時代なら、米ソ両大国の「仲裁的行為」がそれなりに効果を発揮したやも知れぬ。だが、今や一方の旗頭だった国家が先頭きって国際秩序を乱すルール違反をおかすし、他方の超大国は停戦の掛け声をかけたふりはしても、その実、真意ははかりかねる。といった〝無頼の極み〟の横行で、世界は〝無法状態〟に突入したとの見方が否定しきれない。国際社会はまさに無秩序の様相が一段と濃い。このほど開かれたG7(主要7カ国首脳会議)も、肝心の米国のトランプ大統領が早々に帰国するなど、理由はともあれ絵に描いたような「無責任大国」ぶりである。とりあえず今話題の著作を読み解くことから、この事態の行方を考えてみたい。
実は、昨今、齋藤ジンという人物の『世界秩序が変わるとき』という本が世間で話題となっている(かに思われる)。サブタイトルに「新自由主義からのゲームチェンジ」とあるように、軍事的抗争ではなく、金融、経済分野でのせめぎ合いに、一応は的を絞ったものである。この著者は、ヘッジファンドをはじめとするプロの資金運用者に助言をするコンサルタントなのだが、この本では、今世界経済が直面する課題を適切かつ分かりやすい分析がなされていて興味深い。
つまり、戦後の世界経済は、「ケインズ主義」の旗のもとに展開された「大きな政府」志向の時代が1980年代半ばまで続いたが、90年代に入って、「新自由主義」による「小さな政府」の時代へと変化したと、バッサリ片付ける。レーガン、サッチャー(ちなみに日本では中曽根)氏らによって牽引されたレーガノミックス、サッチャリズムと呼ばれた経済政策の展開である。いらい、40年近い歳月が流れて(この間は日本のアベノミクスが有名)新自由主義的世界秩序が、漸く変わろうとしているというのである。
世界が戦争の連鎖に喘いでいる最中、世界経済の秩序の変化とは?さて、吉と出るか凶と出るのか?
⚫︎覇権国家のパートナーという〝甘い立ち位置〟
こう述べると、拙著『77年の興亡』で分析した1945年からの戦後の時代主潮が、高度経済成長のピークからバブル絶頂へと進み、やがてバブル崩壊を経て「失われた30年」に突入していった「枠組み」と見事に符合して、我が意を得たりとの錯覚すら覚える。
齋藤ジン氏の分析は、近代日本は時の覇権国家のパートナーとして、良しにつけ悪しきにつけ、利用されてきたと見る。明治維新からの77年という第一のサイクルでは、19世紀から20世紀前半にかけての覇者・英国は、「帝政ロシアの勢力拡大を抑えるため、東洋に同盟国を求め」、その結果当時の日本は、「韓国を併合しても、満州に手を出しても許され、経済的に繁栄した」というわけだ。日本はあくまで受け身で、なにをしてもされても主体的な行動の結果とは見做されない。
そして、第二のサイクルでの米ソ冷戦下においては、覇権国家・米国が「ソビエト・ロシアを封じ込めるため、日本の経済発展を助けてくれた」というのだ。「ジャパンアズナンバーワン」と持て囃されたあげく、やがて「お役御免」とばかりに、切り捨てられ、「失われた時代」へととって代わられる。
その後、40年ほどの雌伏のときを経て、三たびのチャンスが来ているとの見立てを齋藤氏はする。すなわち、新自由主義の秩序から新たに、「宇宙開発から核融合、AI、量子技術、脱炭素、バイオを初めとするグリーンエネルギー、防衛装備共同生産品‥‥中国を意識した日米連携が今後こうした領域を中心に活発化していく」というわけである。米国による中国封じ込め戦略の本格化に向けて、その片棒を担ぐことで、日本が再び脚光を浴びるという見立てである。
⚫︎対米楽観論にだけ同調するのでは心許ない
だが、果たして、そううまく行くかどうか。この著者は、トランプの登場で、揺れる米国社会を外から見ると「ディスファンクション(機能不全」と映るかもしれないが、逆説的にはアメリカのダイナミズムそのものと捉えることも可能」だといい、返す刀で、「国家の根本が壊れずに動き続けてるところがアメリカ社会の凄さだと言える」と、どこまでも「楽観主義」に貫かれた見方を提示していく。
確かに過去からの時代の持つリズムと、世界経済体制における新自由主義の綻びによって、「何か新しいものにとって代わられる」との予感は漂う。「77年の興亡」の次に来たるものは何か、との自問に攻め立てられる我が身としては、〝渡りに舟〟とばかりに乗りたくなってしまう。「今はその過渡期なので具体的に何がどうなるのかはわからない」ものの、しきりに「何がしかの均衡点が生まれるはず」と強調されると、いやまして同調したくもなる。
ヘッジファンドに助言をするコンサルタントとは、かくほどまでに骨の髄まで対米同調意識に支配されているものかもしれない。覇権国家・米国の足元が揺らぎを見せ、崩壊の兆しさえ浮上する中で、楽観的見立てに惹き込まれそうな我が身を叱責する声がどこからか聞こえてくる。(2025-6-20)