自公選挙協力の実態ー総選挙結果から連立政権のこれからに迫る➀

今回の衆議院総選挙の結果で、公明党が6議席減らして29議席になったことをどう見るか。与党として3分の2を得るために、引き続き大事な位置を占めるのだから、一喜一憂することはないとの捉え方が専らであろう。一方で、この10数年の総選挙における比例区票が伸び悩んでいることは座視できない。この際に、長きに渡る連立政権の在り様を、点検する良い機会ではないか。このままで良いのか、正すべき歪みがあるならそれを正して新たな出発をすべきだというのは正論だと思われる▼選挙戦の度に聞こえてくるのは小選挙区比例代表並立制における選挙協力の難しさである。大阪で4選挙区、兵庫で2選挙区にあって、公明党の候補が自民党の支援を受けている。それ以外のほぼすべての選挙区(北海道、東京、神奈川の3区を除く)では、公明党が自民党の候補を応援しているが、それらの地域では自前の候補を擁立するのがより厳しいために、歳月の推移と共に自民党支援が定着してきたと言えよう。勿論、私の元の選挙区(中選挙区時代)たる西播磨地域(兵庫11区、同12区)のように、つい先ごろまで旧民主党の幹部であった二人の大物が、自民党にスルリと鞍替えしてきたために、俄かに支援をしてほしいと言われても感情的に収まり難いところも否定できない。それぞれに元自民党代議士で勇退者の家族や支援者の存在も無視できないからだ。小選挙区は自民党に投じる代りに比例区は公明党に、ということは中々簡単ではない。▼逆に公明党の支援を受ける自民党の側ではどうか。兵庫の2小選挙区(2区と8区)では、20年を過ぎて自前の候補を出せない神戸市や尼崎の市議団や県議団から焦りの声が出ては消え、消えてはまた表面化するというのが実情である。戦って負けたのなら諦めもつくが、戦わずして不戦敗を強いられるというのは一体どういうことかとの不満の声が引きも切らない。組織の弱体化は覆いようもないとのうめき声である。昨年の参議院選挙では、24年ぶりに公明党が兵庫選挙区に候補者を出したものだからなおいけなかった。それまで我慢していたものが一気に爆発寸前までいった。その矛先は公明党にではなく、自民党中央に向けられているのだからご了解をとの自民党県連幹部からの弁明が私のところにも寄せられた▶今回の総選挙でも、私が大阪5区に支援に行った際に切実な話を聞いた。古くからの自民党の党員であるという税理士さんだった。彼曰く「前の公明党代議士から今の方に至るまで、支援する流れが20年この方ずっと続いており、もはや諦めてはいるが、そういう我々の”悲哀”を分って欲しい」との切なる声であった。真摯な姿勢の主張に多くのものを感じざるを得なかったのである。(2017・10・31/11・6に一部修正)
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「自公圧勝」報道に偽りあり、公明議席減の意味を探る

嵐の中での衆議院総選挙が終わって早くも三日が経つ。私が議員を辞めてからもうすぐ5年だが、支援して頂く側から、する側に回って3回目の選挙だった。選挙にあって候補者を当選させるための司令塔役はまことに大変だが、純粋に支援をお願いすることだけに絞ると実に楽しいことが多い。高校卒業から50余年になる私は、福岡と横浜に住む二人の同級生と初めて連絡が出来て、半世紀ぶりの出会いを近くすることになった。心弾む。また1年半前に顧問先が主催する工業デザインにまつわる会合で知り合った多摩美術大学の女子学生たちに電話をした。その結果、来月3日から始まる大学祭に行くことになった。これまた心弾むことだ。更に、不義理をしていた歯科医を演説会に誘い関係を戻したり、同じく足が遠ざかっていた鰻屋に実に久方ぶりに行き、美味くて安い鰻丼に舌鼓をうったりもした。そのきっかけは大阪の公明候補者の選挙事務所が鰻屋の二階にあったから(行きたくても高そうだったし、場所柄もあって行けなかった)というのも、我ながら笑ってしまう。食い物続きでいえば、支援依頼先の社長に紹介してもらった鮨屋では、偶々出くわしたお客を交えその店の大将や女将と政治談義が盛り上がったことも痛快だった▶楽しい語らいを織り込んでの激しい闘いの結果、選挙結果でも勝利すれば言うことなしなのだが、そうはいかない。今回の選挙では「自公圧勝」と報じられたように、確かに自民党は解散前と全く同じの284議席を獲得して、選挙戦当初の予想を覆す大勝利だった。しかし、現状維持を信じていた(少なくとも私は)公明党は35議席から6議席減(小選挙区1、比例区5)に終わったのである。「自公圧勝」報道に偽りありだ。比例区で落選したのはいずれも前回初当選組だった。前回勝ち取った尊い議席を失った意味をどう考えるか。これからの慎重な分析を待たねばならないが、敢えて私的な捉え方を述べれば、自公政権対希望・維新対立憲・共産という三極対立の中で、公明党の立ち位置が埋没してしまったということに尽きよう。希望の党が負けたということに世間の関心は集中しているが、それでも50議席を獲っている。「立憲民主」が3倍増になったことや、「希望」への当初の期待値が大きかったことなどからして、一方的に批判されがちだが、ここは安易な決めつけはよした方がいいと考える▶今回の民主党の3分裂騒ぎについて、ひたすら小池東京都知事の「排除」発言を始めとする責任論(ご本人が認めているものの)に目が行きがちだが、私はそうは思わない。確かに野党結集を殺いでしまった彼女の罪はあるが、その「分断」的行為は、日本の政治を分りやすいものにして余りある。ご本人の思いとは別に(本心ははかり知らぬが)日本政治史上の功績は大きいと言わねばならない。結果的に立憲民主党が得をした風に見えるが、旧民主党内の勝負はこれからだろう。参議院に残る民主党の行方を含め、これから第二陣の争いが始まる。注目したい。その際の視点は、日本に二大政党は育つかどうかに絞られる。旧社会党のような世界観において与党とは真逆のものを持つ政党が野党第一党に位置し続けることはご免蒙りたい。少なくとも安全保障分野での合意をベースにした政党同士の争いでないと、かつての55年体制下のように再び不毛の対立となってしまう。今回の小池氏主導のもとの希望の党の設立も、細野氏らの言動を聴いている限り、安保法制に反対するひとたちとは組めないということになる。そうした意味では立憲民主党がこれからかつての社会党のようにならないかどうかを見極める必要があろう▶自民党はかねて自社対立時代に身につけた知恵として幅広い政策選択をほしいままにしてきたことが指摘される。富裕層の側に立つ政党だとの批判を受けるなかで、少しづつ社会的弱者の視点も取り入れてきたのである。これは自公政権になって公明党に気を配る中でさらに一層定着してきた。選挙が終わった直後のテレビ朝日系の討論番組では、自民党はリベラル政党の側面が強いとの指摘が専らだったが、これなど公明党がじっくりと吟味する必要がある。かつて社会党から学んだ自民党は今や公明党から学んでいると言えなくもない。このあたりをしっかり受け止め、もっともっと宣揚する必要がある。尤も公明党は安全保障分野で自民党の安定かつ責任性を学んできているのだからお互い様ではあるが。この辺りはあまり注目されないというか、報じられることがない。公明党は東京都政や大阪府政での行動と国政での振る舞いが相違しているのが分かり辛いとされたり、「憲法改正」をめぐる主張が今いち曖昧だとされてきている。不本意なことだ。これこそ自公政権下における是々非々の対応で、注目されるべき極めて大事なスタンスなのだが、一般的に受け入れられるには苦労している。比例議席減もこの辺りと無縁とは言えないだろう。どう公明党の立場・主張を説明し、独自性をアピールするか、等身大の政党の在り様がこれから問われてこよう。(2017・10・25)

「分断」選挙での一騎打ちに問われる共闘力

郵便ポストに「しんぶん赤旗」の号外なるチラシが入っていた。自治会長の看板と公明党のイメージポスターを掲げている我が家に堂々とポスティングして頂くとは……。オモテ面では安倍政権批判、ウラ面には希望の党批判などが掲載されているものを見ながら、変わらざるこの党のしたたかさと共に、違った側面にも思いをはせた。これまでの衆議院総選挙と趣きを変え、この党は全ての選挙区に自前の候補者を立てているわけではない(67選挙区で候補者を下ろしている)。野党共闘のために、去年の参議院選挙と同様にわが身を捨てているのだ。今回の総選挙は、いうまでもなく三極がぶつかり合う構図となっている。自公の与党組と、維新、希望という東西の両知事に率いられた新興グループと、立憲民主、共産の新たな左翼勢力の三つである。公明党はこのなかで捨て身の共産党の底力を思い知らされている。最終盤の選挙戦での世論調査では、公明党の小選挙区の当選予測は7議席。2選挙区で大苦戦を知られており、このいづれもが背後に共産党が支援する立憲民主党候補者との一騎打ちなのだ。▶9つの小選挙区では自民党はもとより、希望の党や日本維新の党が公明党との勝負を避けて候補者を立てていないことから、かえって票が分散せずに厳しい状況を生み出している。共産党と立憲民主党それぞれの表裏の役回りがうまくいっているところは、先に挙げた2選挙区だけでなく、きわめて厳しい情勢となっている。こうした闘いにあって我々は、ややもすると、共産党を旧態依然とした視点から攻撃しがちだ。例えば、「実績横取りのハイエナ政党」だとか、「オウムと同じく公安調査庁の調査対象だ」などといった観点である。そうした十年一日のごとき観点で批判していると、間違ってはいなくても、相手にとってはあまり痛みを感じないばかりか、いわゆる無党派層が公明党から引いてしまう可能性がある。立憲民主党に対しても共産党との類似性をあげつらうことはあまり効果的な批判になっていないように思われる▼今月発売の『文藝春秋』11月号で作家の橘玲(たちばな・あきら)氏が、巻頭で面白い論文を発表している。そこでは保守、リベラル、中道といった政治的立場の腑分けが世代的にかなり違うことを論じていて興味深い。それによると、20代、30代の若い年齢層では公明も共産も保守であり、自民がリベラルだというのである。ここでいう保守、リベラルは、恐らくは伝統的な価値観を踏襲するのが保守で、新たな価値を創造しゆくのがリベラルだということであろう。今の若い世代から見ると、宗教的価値やイデオロギー的価値にとらわれている政党は保守と見え、次々と新しいことに挑戦するかに見える自民党はリベラルということなのかもしれない。つまり、これまでの常識があまり通用していないのである。ここではその論考が正しいかどうかということではなく、我々が常識だと思い込んでいることは意外に的外れかもしれないことに気づくべきだろう。ちなみに旧民主党的な立ち位置は中道という位置付けのようだが、公明=中道を揺るがぬ信念として持つ私など、若者からすれば古めかしい人間として要注意の存在に違いない▼今回の選挙では、世界的な「分断」の傾向が日本にも見られるといえなくもない。欧米では移民政策をめぐって国家の在り様が分断され、かつての統合の影は薄い。日本の場合はテーマは安保政策(安保法制への賛否)であり、憲法9条をめぐる立ち位置だ。言い換えれば、自国第一(日米同盟優先)か、国際協調優先かの選択でもあろう。小池氏が意図的か不用意であったかは別にして、旧民主党のメンバーの希望の党への合流に際して、この二つへのスタンスを「踏み絵」に使ったとされるのはその表れだと思われる。選挙が終わってからの混乱を避けるべく事前にこれを行ったために、その勢いが削がれてしまったことを一部メディアは嘆く。しかし、結論はまだ出ていない。我々が立憲民主党が選挙前に急拵えでできた政党だなどと舐めてかかるととんでもないことになりかねない。共産党が裏に回ったときの力は侮れない。一方、公明党が表に出ている場合に、自民党や非立共グループ(希望、維新)の支持者たちがどう動くかが注目されるし、公明党の支持者自身が自民党との一体化をどうとらえているかも微妙な影響をもたらしかねない。すなわち、公明党だけの力ではなく、友好勢力との共闘力が問われていることを明記する必要がある。(2017・10・19)

自民党小選挙区候補の演説会に参加し、この30年の政治を俯瞰する

姫路市の船場小での演説会(10・12)の冒頭にあいさつに立った連合自治会の幹部は、やおらタオルを広げて聴衆に見せた。そこには「祝就任 松本十郎防衛庁長官」と書かれてあった。松本十郎氏の長官就任は平成元年暮れのことだったかと記憶する。いきなり30年ほど前に引き戻された。平成2年(1990年)に私が初めて衆議院選挙の旧兵庫4区(中選挙区制)に立候補した直前のこと。戸井田三郎氏が初の厚生大臣になり、それに遅れまいとする松本氏が時の派閥の領袖や首相にねじ込んでその大臣の席を得た、と当時もっぱらの噂だった。河本敏夫元経企庁長官と併せ、自民党の3候補が大臣経験者の列に名を連ね、全くの新人候補である私をブロックする構えが明白となった。私がその後を継いだ新井彬之氏も、当時の社会党の候補だった後藤茂氏も含め、皆さん鬼籍入りしてしまったこともあり、今やそんな昔のことを覚えているひともごく少なかろう。しかし、私にとっては忘れようにも忘れられない。2年前に旧民主党を離党し、無所属を経てこのたび自民党の公認を得た十郎氏の息子・松本たけあき氏(元外相)の演説会に参加して、思いがけずに特別の感慨に浸る羽目になった▼中選挙区から小選挙区比例代表並立制の選挙制度になって約20年が経つ。その制度に様々な弊害が目立ってきてはいるが、その後の推移がもたらした政治的所産の是非は充分な検討を要する。元をただせば、中選挙区制は巨大政党・自民党内での熾烈な内輪の争いを防ぐ一方、穏健な二大政党制確立に導こうとする狙いがあった。長期にわたる自民党政権下の金権腐敗政治の根を断ち、一党独裁に終止符を打つことも目的とされた。今日までの流れで政治はどう変わったか。確かに自民党一党支配はなくなり、連立政権が常態になった。民主党政権が樹立した時には二大政党制が日本にも根付くかと思われた。しかし、その民主党政治は散々な結果をもたらした。今日のように、民進党に衣替えしたのちに、希望の党と立憲民主党、無所属などと三分裂する事態になろうとは、殆ど誰もが予測し得なかった。「安倍一強政治」とか言われるが、これは「権力批判」が生業であるメディアの本質がもたらすもので、ある程度は割引してみる必要があろう。確かに「森友・加計」問題に見られる首相自身の脇の甘さや傲岸さゆえの失政もあるが、一方で経済運営の包括的在り様や外交安全保障政策の堅実さなど評価できるものも少なくない。社会保障政策でも着実な前進は見られる。そうした実態の背景には、陰に陽に自民党政治を矯正してきた公明党の果たしてきた役割があるのではないか▶この日の演説会で、自民党に鞍替えをしたことをどういう風に松本氏が弁明をするかと注目していたが、「公認を頂いた」「これでやりたい仕事ができる」とさらりと言うにとどめていた。2年前の離党に際して、共産党との共闘を主張する岡田民主党にはついていけないという意味のことを口にしていた。今日の民進党の分裂騒ぎにあって「希望」との合流や立憲民主党の結党などを見るにつけ、その先見性を誇っていいものと思われる。かつて、公明党も新進党合流騒ぎがあった。衆議院サイドは合流し、参議院や地方議員は残留し、後に新進党が分裂した時に、公明党に戻らず小沢自由党に行く者もあった。こうしたことを思うにつけても、他党や他党に所属するひとたちの動きは同情こそすれ余計な批判をするつもりはない。大事なことは政党、政治家としての初心を忘れず、何のために政治を志したのかに立ち返ることだろう▼公明党は大衆のために政治を取り戻すということがその行動の原点にある。かつて自民党が経済的に恵まれた層の代表であることに固執し、共産、社会という左翼勢力がイデオロギーに偏重し、共に大衆から遊離していると見るしかなかった。それだからこそ公明党は立ち上がった。立党当初から20世紀の最後の辺りまでは、外からの自民党改革に執念を燃やした。この20年程は政権内部から、連立相手の自民党を内側から変える戦いに取り組んでいる。政権に入ることで、現実政治のプレイヤーとして働くことができ、庶民大衆の願望をたとえわずかではあっても手にすることができている。いくらきれいごとを言っても、何一つ具現化できぬ万年野党ではどうしようもない。また、巨大与党の欠陥部分について、観客席から幾ら詰ってみても詮無いことが多い。連立与党チーム内で、公明党は自民党の良きところを伸ばし、悪しきところを失くすといった役割がある。ただ、表面上を見ているだけで、大事なところを見落としてはならない。公明党の動きをじっと見るならその本質的行動に全くブレはない。どう動くことが庶民大衆の利益になるかが、どこまでも主たる関心事だと確信する。政治はあるべき理想に向けて、相対的によりましな選択を積み重ねていくしかないのである。(2017・10・14)

EU本部訪問から帰ってー日独政治動向を比較する

ドイツの生んだ偉大な文豪・ゲーテの作品といえば、私は『イタリア紀行』を思い起こす。齧った程度で読み終えてはいないが、テレビで遥か以前に観たドイツ文学者・池内紀さんと女流版画家・山本容子さんの二人がゲーテの足取りを追った番組がとても印象的だったからである。だが、彼にはもう一つ『ライン紀行』という紀行集がある。過去に何回かドイツに行く機会があったが、残念ながらライン川下りはしたことがなかった。今回、ライン川沿いの古くからの町ビンゲンに住む、尊敬する先輩ご夫妻(ご夫人はドイツ国籍を取得)のお誘いを受けて束の間の旅をしたのだが、その一つの楽しみがこの川下りへの挑戦だった。ゲーテは「つらなるラインの丘へ 恵み豊けき広き畑 水に映りし河中の島 めでたきぶどうの満つる国へ こころの翼うちひろげ いざ 来ませ この書を親しき伴となして」と、この本の冒頭に記している。リューデスハイムから船で2時間足らず、サント・ゴアまでのライン川沿いの風景は、まさにゲーテの描いたような、得も言われぬ素晴らしき流れの連続であった▼今回、ドイツへの旅(フランス、ベルギーにも)に重い腰をあげたのはほかでもない。ビンゲンの元市長(女性)で今はヨーロッパ議会(EU議会)の議員を勤めるコーリン=ランゲンさんが、その地に永年住み同元市長と深い交友関係にある私の先輩ご夫妻に伴われて一昨年秋に来日。その途次に姫路に来てくれたのだ。その際に是非次はビンゲンにと、お招きを受けていたからである。ちょうどその日は米国の大統領にトランプ氏が当選したとき。「こんな人物が世界をリードするなんて。とても危険だ」と、彼女は深い憂慮を湛えつつ呟いたものだった。中東を襲うテロの嵐は欧州にも荒れ狂い、ドイツにフランスにベルギーに、そして英国、スペインにとまさに波状的に起こっている。ポピュリズムの暴風もまた各地を襲う。どこもかしこも「分断」の空気で一杯だ。尤も、EUを支える一方の旗頭・フランスでは、極右政党・国民戦線(FN)の党首ルペンを押さえ、EU支持派のマクロン氏が勝って一息ついてはいる。今回の旅の期間はちょうどドイツ総選挙と重なった。メルケル首相の4選がかかった重要な選挙だった。これは、欧州の中核・ドイツのこれからの政治的行方を占ううえで大事な機会だった。あたかも日本との政治動向を比較し俯瞰する機会を持つことができたのである▼投票日当日の24日に彼女とその夫君(法律家)と会ったのだが、その結果はメルケル首相率いるキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)が第一党の立場を維持したものの大きく議席を減らした。CDUに属しメルケル首相に近い彼女にとって好ましからざるものであった。その表情たるやあまり冴えなかった。敗因は、移民問題をめぐるメルケル氏のブレが響いたようだ。EUからの離脱と、難民受け入れ反対を掲げた新興極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD) が初めての議席を獲得したことがそれを裏書きしている。そのあおりで対立政党の社会民主党(SPD) も歴史的な敗北をした。吉田徹北海道大大学院教授はこの結果を「戦後ドイツが歩んできた民主主義の歴史の大きな転換点」(公明新聞9月30日付け)だと読む。日本とは違って街頭演説などが見られない分、表面上静かな風景の中の選挙戦だったが、ドイツ政治史上の分岐点となるかもしれない日に立ち合えたことは、私にとって少なからぬ喜びであった▼コーリン=ランゲン議員は、ビンゲンに居を構えながら、列車で6時間ほど離れたベルギーの首都ブリュッセルで議会活動をしている。EU本部にお邪魔した翌日(25日)には地元のマインツから来ていた10数人の支持者たちの応対に汗を流していた。自らの使命を果たすべく全精力を傾ける彼女の姿勢には改めて感銘を受けた。忙しい彼女に代わって、若い女性秘書にくまなくEU本部内を案内してもらい、その仕組みの概略を聴いた。アジアにもEUのような全域を横断する国際機構が出来れば、との夢を持つ私にとって少なからず参考になった。コーリン=ランゲンさんとのやりとりの中で、私は、EU がギリシャ危機やら、英国の離脱、トルコ加入問題など、設立当初の勢いに陰りが見えており、今や存亡の淵に立っているのではないかと、悲観的な角度から問いかけてみた。しかし、彼女は「そんなことはない、一段と欧州統合の絆は堅い」と意気軒高であった。この辺りは今後引き続き注視していきたい▼私が欧州を訪問している間に、日本は解散総選挙に安倍首相が踏み切るというハプニングが起こっていた。解散は早くても来年春ぐらいと踏んでいただけに、驚きは禁じ得ない。ただ、よく考えれば、民進党(もはや分裂して無惨な姿になっているが)はじめ野党の体たらくをみていれば、この隙を突かないのはよほどのお人よしだろう。「大義なき解散」とか、「疑惑隠し」という非難は、選挙という「現代の陣取り合戦」に能天気な、政治センスなき輩の戯言だ。選挙に勝たずして政治家の理想は果たしえない。ここは、いささかの問題点なしとはしないものの、鮮やかに野党の虚を突いた安倍首相の早業に軍配を挙げたい。それにつけても、今回の総選挙をめぐる動きは目まぐるしい。焦点である小池都知事による「希望の党」設立の真意は、日本政治の中軸からの社民主義的勢力の残滓排除にある。大阪を中心とした「日本維新の党」との連携は、日本政治の新たな展開にとって少なからぬ期待はできる。つまり、保守二党による政権交代は好ましからざるものではないからだ。世界観を異にするひとが一政党の中に混在した状態は、結局は民進党のような支離滅裂状態を招く。小池氏によって選別された人々は「立憲民主党」という名の政党結成に動いた。リベラル派の結集とはいうものの、内実は旧社会党的傾向を持つ勢力が果たしてこれからの日本に馴染むだろうか。先に見たSPDの凋落というドイツ政治の動向とも関連して、覚束ないと見ざるを得ない。AfDとはくらぶべくもないが、「維新」や「希望」の背後には、「日本ファースト」を待望するムードはなきにしもあらずといえよう。勿論「橋下維新党」(橋下氏はやがて再び表舞台に出て来るはず)と「小池希望党」も大樹と育つかどうかには、大いになる疑問符がつく。そんななか公明党はどこまでも大衆のための中道主義の党として大道を歩む。今は保守の老舗・自民党と組んでいるが、これは決してゴールではなく、あくまで手段だと肝に銘じて。真の意味での日本政治の安定に向けて、たくまざるバランサーの役割を果たすことを期待したい。(2017・10.5)