なぜ私はインバウンドに取り組むかー関学での講演要旨(上)

きたる11月10日に関西学院大学で『サステイナブル・ツーリズムの展開と地域創生』をメインテーマに「大同生命寄付講座」が行われます。これは同大学大学院経営戦略研究科の佐竹隆幸教授の企画によるもので、今回は不肖私が講演者のひとりとして登壇させていただく羽目になってしまいました。これはひとえに、同教授との友情がなせるものですが、元衆議院議員でいま「観光」に初めて取り組む男の危なっかしい話となること請け合いです。生来の能天気さを武器に、失敗を恐れず果敢に挑戦します。以下、予定稿の要旨を公表します。

大同生命といえば、三年前のNHKの朝ドラ「朝が来た」を思い出します。創立者・広岡浅子の生涯を描いた作品で、それまでおよそ朝ドラと無縁だった私がすっかりハマり、それ以後今の「まんぷく」に至るまでずっと見ています。「朝が来た」は原作『土佐堀川』の作者・古川智映子さんとのご縁(創価学会婦人部員)もありますが、内容がなかなか面白かったことにつきましょう。ともあれ、朝の15分間だけがほぼ妻と私がテレビ観賞を共有する貴重な時間となりました。まさに夫婦円満の原動力です。つまりそれは大同生命のおかげということになるわけです。

さて、私が衆議院議員になったのは今から25年前、平成5年のことです。初挑戦では見事に落選し、足掛け5年の苦節の末にようやく当選できました。20年間の代議士生活を終え、現在は引退しまして5年経っておりますが、あれこれと余韻はくすぶっており、平成の30年間のほぼ全てを政治家として生きてきたことになります。今年は、明治維新150年が強調されており、様々な視点から近代日本の「今とこれから」が論じられています。維新から先の大戦までが77年。あと4年ほどで戦後77年となり、1945年の前と後が同じ長さになります。この150年の捉え方として、富国強兵から経済重視。天皇制とアメリカ支配。明治憲法と昭和憲法など様々なキーワードを用いたフレームワークで戦前、戦後を対比しながら展開できますが、ここでは主題から外れますので、これ以上は触れません。ただ、そうした議論に共通するのは、これからの日本が世界の先陣を切って少子高齢化に突入し、未曾有の人口減社会を迎えるということでしょう。これからの日本をどうするのか、どうせねばならないのかとの深い問題提起です。

私が衆議院議員をしていた20年は、ほぼ「失われた20年」とダブります。そしてそれは今や「失われた30年」とまで規定する向きがあります。平成の時代そのものの否定にも繋がる響きがあり、極めて残念なことです。議員時代の私は主に外交・安全保障の分野で仕事をして来ました。観光については、こちらから出かけるアウトバウンドだけで、外国人客を受け入れるインバウンドには全く関心がありませんでした。これは私だけでなく、大なり小なり日本全体の一般的な特徴だったと思います。この期間の観光をめぐる日本の受け止め方は、打ち続くデフレ経済状況の中で、とてもインバウンドには目が向かなかったというのが実際でしょう。個人的には私は国会議員になったからには、地方議会では取り組めない外交・安全保障問題にその醍醐味があるとの確信のもと、のめり込みました。予算委員会において、「内政では前進が見られないが、外交・防衛分野では、憲法の枠内で遅々とした歩みではあっても、PKO(国連平和維持活動)に見られるように、国際貢献をする道を開いて来た」との自画自賛の発言をして来たことを今、半ば苦い気持ちで思い起こします。

そんな私が議員をやめてから、一転、観光に取り組むようになったのはなぜでしょうか。かつて、観光をバカにしていた私が真剣に考えるようになったのには、二つ理由があります。一つは、公的な観点。人口減が確実になる近未来社会において、インバウンドこそが重要な内需拡大に繋がる道だということです。時あたかも政治そのものもインバウンドに向けて「訪日外国人客4000万人時代」など、国を挙げて大きく立ち向かおうとする流れが一般になって来ました。もう一つは、私的な観点です。国会議員の金帰月来という激務から開放されて、人生の終盤において、日本の原点に立ち返ろうとする想いの中で、瀬戸内海の原風景が脳裏に浮かんで来るのです。東の神戸港からから西の大分別府港へと瀬戸内海をあたかも縫うように、船で走った高校三年生の修学旅行です。海外の旅をそれなりに経験して来た私にとって、人生最高の旅は瀬戸内海就航だったのです。この船旅の喜びをみんなに味わって貰おうーこうしたことから内外、公私合わせて、観光に取り組むことが必然の流れになってきました。さて、新聞記者、秘書を経て政治家になり、およそマネジメント実務に携わったことがない、いわば武士の商法が果たしてうまくいくのかどうか。賢明な皆さんなら言わずもがな、聞かずともわかってると言われるでしょう。(2018-10-27)

 

 

 

 

 

 

 

 

今の公明党はどう見られているかー地域の最前線の声

沖縄県知事選における自公推薦の候補者・佐喜真氏の敗北、玉城デニー新知事の誕生に端を発し、明年の統一地方選、及び参議院選挙における与党側の行方を危ぶむ声が喧しいようです。確かに、沖縄の豊見城市、千葉県の君津市の市長選挙で与党推薦候補が野党連合候補に連敗しました。21日の那覇市、28日の新潟市の両市長選挙の動向が気になります。安倍首相があと3年の長期政権を運営する流れが決まった中で、こうした傾向はむしろ大いに歓迎すべきだと私は思います。どうしてかというと、緊張あってこその政治だからです。安倍独走は、中央における野党のだらしなさと自民党内の人材枯渇によるもので、地方からの警鐘乱打は決して困ったことではないと思われます■今週の日曜日に、我が兵庫では、加東市と川西市とで市議選(川西は市長選挙も)が告示されました。公明党から立候補する後輩(加東市1、川西市5)たちの応援に二日間、両市に行ってきました。加東市での長谷川候補の事務所開きでは、彼の水道問題における大活躍で話題は持ちきり。心底から候補者の粘り強さを賛嘆する声が地域の自治会長たちから相次ぎました。これには私も少し関わっただけですが、終了後の懇談で嬉野東自治会の立岡高昭会長から「貴方には一番はじめにお世話になった。有り難かった」と身に余るお褒めの言葉を頂きました。引退後5年の老政治家にとってこよなき激励です。良い後輩を持つ嬉しさをしみじみ味わいました。川西市では、私の年来の友人である元沖縄海兵隊の幹部で、いまは政治学者のロバート・エルドリッジ氏が後輩市議の応援演説に立ってくれるとの話(実際に17日に実現)を聞きました。この背景には、エルドリッジ氏から川西における市政への要望を聞いた私が、地域に住む市議を紹介したことがあります。パワーあふれる同市議のすぐさまの対応にすっかり喜んで、熱心な支持者になってくれたのです■一方、このところ中央公明党の動きに批判的な意見もよく聞きます。先日は加西市の仲間から、「自民党に歩調を合わせすぎ。もっと独自路線を歩むべきでないのか。現状では、明年の選挙で手痛い目にあってしまう」と、真剣な忠告を受けました。また、川西市では学生時代に付き合った友人から同じように「公明党は第二自民党だ。昔の野党時代の方が良かった。確かに若くて立派な議員が多いが、学校の勉強がいくらできても、ひ弱さは否めない。叩き上げの雰囲気を持つ人がいなさすぎる」と、真剣に訴えられたものです。また昨夜は、姫路で自動車関連の中小企業を経営する二人と会い、種々懇談しました。その中では「公明党が野党と協力すれば、もっと日本の政治は良くなるはず。なにゆえに自民党を助け続けるのか。もはや度を越している。安倍政権と離れる時がきているのではないか」との厳しい意見を頂きました■地方と中央との政治的落差は今に始まったことではありません。いみじくも、床屋談義や井戸端会議のような地域の最前線での政治をめぐる話題は中央政局がらみのものが殆どでしょう。もっと野党色をとの声があるのは十分承知していますが、政権与党にあり続けているメリットも大きいものがあります。政治の安定に寄与してるということを筆頭に、ありとあらゆる政治課題の解決に預かって大きな力を発揮している事実はいくら強調してもしすぎるとことはありません。所詮、野党では政治の傍観者ですから。もし、今公明党が自民党離れをすれば、政治は一気に混乱します。果てしない混迷に陥ることは目に見えています。舵取りを変える時は、十分に情勢を見極め、つまり不安定な政局にならぬように、やるときはタイミングを見計り一気にやらねば、国民にとってマイナス以外に何ものも生み出さないと思います。地方政治は、先に述べたように、地域のお一人おひとりの信頼を勝ち取る作業の積み重ねしかないと思います。政治はよりマシ選択です。中央で公明党のやってることはベストではなくとも、ベターだと私は確信しています。(2018-10-20)

 

科学者と政治家。後継の人材育成という共通の課題

今年のノーベル医学生理学賞を受賞された本庶佑京大高等研究院特別教授のニュースを見ていて、久方ぶりに感動した。特に、受賞に伴う賞金を後輩たちのための基金設立に使うということについてである。今の若い研究者たちが研究費に事欠く現実は指摘されて久しい。こうした行為は、なかなか出来ることではない。私など、一般的な寄付でさえ大事さはわかっていても、お金がないためにままならぬ。母校の高校創立100年記念の寄付金も、大学卒業50周年の記念のそれにもおいそれと出せない。身の歯がゆさを感じるばかりだ。私の場合と本庶さんのケースではもちろん月とスッポンのごとく違うが、遅れて来る人々へ先行くものの心配りでは大差はない。お金によるものだけでなく、残された人生で人を育成することに貢献出来ることこそ、何よりも尊いと思う■一方、先の自民党総裁選およびその後の組閣を見ていて、今の日本の政治における「人材の払底」という課題に不安を抱く。かつて〝三角大福中〟と言われていたように、自民党には後継を争う人材が跋扈していた。今は殆ど特筆すべき人材群が見当たらない。小選挙区制を軸にする選挙制度がなせるわざか、いわゆる二世、三世など世襲議員横行の行きつく果てなのか。世に事業承継の困難さが喧伝されているが、こと政治の分野ではこの事業承継がうまく行き過ぎているかに見える。通常の事業の世界では、事業環境の激変などで困難を極めるのが普通だ。政治の世界では比較的容易にバトンタッチが可能であるのは、その難しさを乗り越えるだけの器量があるというより、環境が変わらなさすぎるからかもしれない■新しい人材が、つまり親が政治とは無縁の人が抜きん出ることはきわめて難しい。せいぜい官僚の転身が目を引くぐらいだ。そうした現実を見ていると、選挙を通じて政治家になるルートの多様化は決して意味のないことではない。比例代表制の導入がこれまでとは違った血の受け入れに繋がっているはずなのだが、今のところいい結果に恵まれていない。むしろ、自民党や旧民主党など見ていると、安易な形で当選できるため問題を孕む人物の登場に門戸を開いている感がしないわけでもない。もっと幅広い人材登用の仕組みを設けていくべきでないのか。他党のことながら気になる■そこへいくと公明党の場合、次々と有為な人材が登場してくる。これは決して身びいきの礼賛ではなく、世評の赴くところである。今回幹事長になった斎藤鉄夫氏は、東工大大学院を出て、清水建設へ。米国に留学。プリンストン大学で客員研究員を3年。博士号も取得している。私より少し若いが一緒に議論を戦わせた仲である。他にも政調会長の石田祝稔氏は、電気通信大を中退し、創価大創立に馳せ参じ転校、再入学し、文学部大学院を出たという変り種。都庁の役人から政治家になった。彼とも昵懇だ。また新たに国会対策委員長になった高木陽介氏は創価大から毎日新聞記者を経て政治家になった。その他、弁護士、公認会計士、三井物産やIBMなどのエリートサラリーマンからの参入組もいる。二世は北側一雄副代表のみ。但し、彼は弁護士出身で、親の地盤は引き継いでいない。来夏の参議院選挙の候補者も皆若い優秀な人が続々と出てきており、まさに壮観そのものである。こうしたきら星のごとき人材群を擁する公明党を見る時、比例代表制のプラス面を遺憾なく取り入れてるとも言えそうである。制度はどう活用するかにかかっている典型といえよう。(2018-10-8)