東京オリンピックの「延期」と、3人の発言

東京オリンピックを来年に延期することで安倍首相と国際オリンピック委員会(IOC)が24日に合意しました。新型コロナウイルス感染の猛威という突発的事態で全ての状況が変動的にならざるを得ません。前回の昭和39年の時に高校を卒業したという個人的理由もあって、私には感慨深いものがありますが、このことをどう前向きに捉えていくか。ここでは三人の発言を思い出して考えてみます▲実はこれまで2020東京オリンピックは開催されるかどうかわからないということを早くから発信していた人物がいて、その発言を直に聞いたことがあります。2015年11月末のこと、場所は岡山県倉敷市で。発言したのは熊本市在住の教育者・田端俊久さん。知る人ぞ知る「賢人塾」塾長で、多くのファンを持つ講演上手のリーダーです。講演の中身は「5年後の東京オリンピックは、近く起こる大変事のために開催は恐らく難しくなる」というものでした。私は強く印象に残ったので、「早朝の倉敷での講演で二つの戦後を語る」とのタイトルで「後の祭り回想記」(12月1日号)に書きました。この人の予測力をここで云々するつもりはありません。要するに世界が「なんでもあり」の時代に突入した証左だと理解したいと思います▲同時に、私がつい先日『忙中本あり』で取り上げた、邉見公雄さんの『令和の改新』を思い起こします。そこでは、強く東京オリンピックの開催に憂いを投げかけています。日本オリンピック委員会(JOC)の竹田会長による〝不祥事〟がことの発端。かのカルロス・ゴーン氏のような私益ではないが、国益のための〝おもてなし〟に不審を抱いたのです。続けて❶東京でオリンピックを開くことで、東北の復興が遅れる❷ライバルだったイスタンブールに譲れば、アラブ・アフリカでの開催となり、念願の5大陸が揃う❸東京での開催は一極集中が更に加速されるだけ、むしろ東北とか広島・長崎の被爆両県、あるいは金沢、富山、福井、新潟の日本海側地域の共同開催が望ましいーなどを挙げ、東京オリンピック開催に否定的見方をしています。ひとえに、〝日本列島を最輝〟させるために必要なことだ、と▲ここでもう一つ思い出すのは、「昭和39年日本社会転換説」です。これは歴史家の松本健一さんが公明新聞紙上などで唱えた説。あの東京オリンピック第一回開催の年から、日本社会はそれまでと一変したとする考え方です。先の大戦からほぼ20年で日本は変わった、社会が大きく転換したというもので、あれこれと付け加える必要はないでしょう。そんなことから、56年経った時点で、もう一度日本社会を変革する必要あり、と密かに考えていた人は少なくなかったはず。全てに行き詰まりが見られ、抜本的に国と世界の生き方を変えていかねば、前途に希望が見られないと考える人も、また。田端俊久さんの見立てが的中し、邉見公雄さんの憂いが半ば当たったかに思える今、我々が取り組むべきは何か。大事なことは、今までの惰性から一旦自由になってこの国と、この地球とのこれからに想いを馳せることではないでしょうか。後々新たに「令和3年日本社会転換説」が出てくるような〝世直し〟をせねば、と思うことしきりです。(2020-3-25)

古今未曾有の事態のなかで、画期的な構想に想いを馳せる

新型コロナウイルスの世界中の蔓延という事態は、数々の深刻な問題を提起しています。ことここに至った政治的責任をあげつらうことはここでは差し控えます。不要な外出を控え、不特定多数の人たちが集まる場所には行かず、マスクの着用と手洗いの励行の徹底が幅広くよびかけられています。小中高といった学校も概ねお休みという状況が続いています。年初までインバウンドの外国人で賑わっていた観光地もガラガラ。企業活動にも大きな影響が出始め、株価の暴落やらで、倒産する企業もこれから相次ぐ雰囲気は避けられないものと見られます。こんな時だからこそ、普段は忙しさにかまけて考えてこなかったことに思いをいたす、ということが大切かもしれません。2008年のリーマンショックの時にも語られたことですが、一体化を強める「世界経済」にあって、マネーゲーム的要素に支配されがちな金融経済と、ものづくりの現場と密接に関わる実体経済とのたてわけをしっかりすることが大事です。両者はもはや一体不可分の傾向は否めぬものの、一時の突風に上っ面が吹き飛ばされようとも、基底部の地に足つけたものの考え方を維持することが重要です。また、常識だと思い込んでいることに、疑問を呈することもこの際とても大事です▲その最大のものは「成長神話」とでも言うべき目標への疑問です。高度経済成長がバブル経済を招き、その破綻から30年ほどが経っているのに、未だに政治・経済のリーダーたちは、“夢よもう一度”との「経済成長」にばかり関心が向いています。現政権は当初、財政出動、金融展開に成長戦略の三本の矢を掲げていたのですが、その後は、地域おこし、女性パワー、高齢者対応といった風なものに目先を変えてしまいました。これは、「経済成長」がままならぬことから、目標を曖昧にしたと言わざるをえません。結局は「経済成長」の幻想に翻弄されているからだと言えましょう▲そんなおりに、政府が全ての国民に12000円のお金を緊急の生活支援として配るということを検討しているとのニュースに接しました。冷え込んだ消費を一気に回復するために、というわけです。一般的にはかつての「定額給付金」(麻生内閣時)が思い出されているようです。ただ、私は「ベイシック・インカム」(現金給付)を想起しました。桁が一桁は違うとはいえ、全ての人々に一定の現金を生活するための資金として配るというこの制度は、出ては消え、消えては出てくる根本的な経済政策の転換の柱です。最近は、一部専門家から、膨大な予算を必要とするものよりも「ベイシック・サービス」(現物給付)の方がよりベターで、現実的であるとの問題提起がなされています▲一方で、生活の困窮を訴える人々への救済策として、「消費税ゼロ」を強調する一部野党の動きがあります。それとは真逆に、消費税を20%ほどにまで引き上げて、そこから得る財政収入を国民全てに還元する方途が望ましいとするベーシック・インカムやベーシック・サービス
を主張する専門家たちとの対立は熟慮の要があります。消費税を上げることにその都度反対の声を上げてきた公明党も、今や軽減税率導入とセットとは言え、賛成の側に身を置いています。いわば、オール・オア・ナッシングの選択肢を前にどう舵取りをするか。ちょうど考えるのに、いい機会です。古今未曾有の「新コロナ」騒ぎの只中で、根本的にこの国のありようを変える試みに挑戦しようと考えることは決して無意味なことではないと思われます。(2020-3-19)

「新型肺炎」の陰で見過ごされてはならないもう一つの疑惑

参院選挙の運動員への買収疑惑発覚から四ヶ月が経って、このほど広島地検は、河井案里参議院議員の公設秘書を公職選挙法違反の疑いで逮捕したと報じられました。新型コロナウイルス問題で、日本はおろか世界中が大騒ぎとなっていますが、これも見過ごせないテーマなので、少し問題の所在を明らかにさせたいと存じます。実は河井克行氏とは私が外務委員会に所属していた時に、同委で一緒に理事を務めていたことがあります。与党筆頭と二番手の理事ということでそれなりに接触する機会が多かったのです▼私自身実害はそう受けたことはないのですが、関係の職員や官僚の一部には滅法きつく当たる、際立って強引な議員ということで、あまりいい評判は聞かなかったということが記憶に残っています。この評判の悪さは、私だけの思い込みや単なる噂ではなく、広島の政界に詳しい人の間では共通の認識だったようです。その人物が安倍首相側近の一人として重用され、とうとう法務大臣にまで上り詰められたことに、正直皆が驚きました。とりわけ与党関係者は事の成り行きに懸念を持っていたものと思われます▼今回の事件報道を追っている限り(勿論未だ当局が操作中の案件ですから断定的に言えないまでも)、自民党内部の勢力争いが背景にあることは否定できません。その間隙を縫って河井氏が夫人起用に執心し、遮二無二当選を果たすべく、周りを巻き込んだもののようです。巨額の選挙資金を自民党が投入、それを惜しげも無く使ったとの舞台裏の報道を見るにつけ、さもありなんとの思いが募ります。この問題について、安倍首相は任命責任者として大きな責任があります。また、自民党の総裁として、官房長官と政調会長間での選挙における分裂騒ぎにも、我関せずとはいかないはずです。同党関係者は、本人の説明責任を指摘するばかりですが、それは当然のこととして、問題の背景にはもっと根深いものがあるように思われます▼公明党の山口代表も3日の記者会見で、「河井議員夫妻は捜査に協力して実態を解明すべきだ」と述べていますが、当然のことでしょう。新型肺炎を巡っての安倍首相の野党への協力呼びかけの場面を見ていて、山口代表や斎藤幹事長が同席する姿に改めて「自公一体」を痛感しました。「桜を見る会」の問題にせよ、いわゆる「もり、かけ」疑惑にせよ、公明党の追及を疑問視する向き(弱すぎることに)が少なくありません。身内意識が強く、手心を加えているのでは、ないかと。勿論、政治腐敗追及に熱心だった野党時代と同じようにすべきとまでは言いません。衆参の選挙を通じて両党はほとんど一体化しているだけに、難しいものがあるでしょう。しかし、政治腐敗を見過ごすことはたとえ同じ党であっても許されません。「公明党の自民党化」の悪い実例に、新たなカードを加えることは御免被りたいものです。(2020-3-7 一部修正版)