「非核三原則」なるものをあなたは知っていますよね。では、「新非核三原則」は?「持たず」「作らず」「持ち込ませず」━━今の三原則に代わって「持たせず」「作らせず」「使わせず」(核実験も含め)という新たな原則を打ち立てるべきだと公明党が世に問うたのは1998年。これは被爆国が掲げる原則にしては現行の三原則があまりにも当たり前過ぎる、むしろ核保有国をもっと縛る原則に変えるべきではないのかと、当時公明党の外交安保部会長だった僕が着想し、提案したものだった。あれから28年。高市早苗首相周辺から核保有の動きがほのうかがえ、首相自身も原則を堅持していると現状を表明するだけで、近未来の有り様については触れようとしない。つまり核は持たないと明言しない。僕が新原則を表明した際に、産経新聞だけが注目し、インタビューを受けた。核保有の選択肢を閉ざすべきでないとの主張を持つメデイアとしては公明党の理想主義的頑なさが気になったのだろう。だが今日の状況を見ると、公明党の先見性が伺えるといえないか。28年前に殆ど注目されなかった「持たず」の三原則を、「持たせず」の原則と強化すべきだとの新三原則への転換。歴史の流れに幻と消えたかに見えるのは、少し考え過ぎたからなのかも知れない◆今年の広島への原爆投下から81年となる「平和記念式典」をテレビで見たあと、5月に贈って戴いていた飯田
政之『広島を伝える』を改めて読み直した。飯田氏は読売新聞時代に公明党番記者として活躍。僕とは党広報局長時代に付き合った仲だが、今も時々会う親しい友人だ。この本はサブタイトルに「メディア人として思うこと」とあるように、「伝える」をキーワードに①音楽②文化③ファクト④被曝の記憶⑤ローカルテレビの現在地という5つのテーマをもとに事細かに描いている。④については、「継承と表現」、「闘う被爆者と国際政治」の2つに章立てを分けており、5テーマ6章の構成になっている。ふんだんに写真、コラムが使われており、情報量がめちゃ多い。これじゃあ字が小さくて読み辛いよと、つい先日会った際にこぼしてしまった。「広島」を考える上での基礎資料が見事に提供されている。我が大学同期の60年来の畏友・福島和宏(元広島市議)も「自分の現役時代に取り組んだことも盛り込まれており、自分ごとのように読めた」と褒める◆この本の中で僕が注目したのは「被曝の記憶」をどう伝えるかに分類された2つの章だ。第4章では、ピアノ、折り鶴、原爆ドーム、歌、絵、漫画、ドキュメンタリーという7つの「継承と表現のかたち」が読むものを惹きつけた。第5章は、一転、被爆者と国際政治の動きを追う。国会の場で外交や安全保障に長く関わってきた僕としては、「埋まらない理想と現実の溝」に大きな溜息をつくしかない。僕がこの本を読み進めていく上で惹きつけられたのは、30個のコラムである。ここには彼のこれまでの人生の思い出が散りばめられており、自伝をアルバム付きで読むような趣があり実に楽しい。例えば④では東大駒場キャンパスでの音楽部の公開練習で偶々聴いたブラームスの交響曲第一番が自身の人生を変えた話が出てくるし、⑩では中学・高校生時代以来遠ざかっていた剣道に50歳過ぎてから取材先の縁で再び挑戦し、今や7段に挑戦しようという姿が描かれている。新聞記者をしながらバイオリンと竹刀を離さなかった〝音武両道〟の使い手の心象風景が分かって実に面白かった。加えて、言葉の重みについて広島カープの新井貴浩監督の「は」と「が」についての使い分けのエピソードや、日本テレビの藤井貴彦元キャスターの「言葉の筋トレ」での、毎日続ける5行日記の修練なども紹介され、とっても興味深い◆コラムを読み進めるうちに、同じ「被団協」のことを扱っているものが2つあるのに気がついた。No24の見出しは「広島の被団協は一つになれないのか」。No27の方は「世界がヒバクシャに向き合った理由━━被団協へのノーベル平和賞」。この組織体が一つになれない理由は、左翼勢力の党派的争いという古い日本政治の宿痾を反映したものである。僕もかねて広島のこの組織だけでも一つになればいいのにと思い続けてきた。そんなことを乗り越えて2年前にノーベル平和賞を被団協が受賞し得たのは、「『過去の記憶』を伝えるだけではなく、国際社会に挑み続ける営み(覚悟)」が原動力だったに違いない。組織ではなくヒバクシャそのものに世界中が向き合ったことを意味する。見出しのカタカナ表現の使い分けがニクイ。この受賞をきっかけに統合が実現していたら日本のリベラルも少しは見直されたかもしれない。2つのコラムを読み比べつつ、文章まで一本化できないものかと、つい余計なことを考え過ぎてしまった。(一部修正 2026-8-10)