井手裕彦氏の『モンゴル抑留』の出版を記念する講演会を主催した一般社団法人『未来を創る新教育推進会』の理事(副会長)を務める僕は当日講評を行うと共に、同社団の目指す理念を紹介しました。前号に続き、その際の発言を基本に追加修正したものを含めて公開します。(写真上は井手さんを囲む参加者代表。下は77年の興亡とイメージ)
⚫︎友好第一でもなく軍国主義批判でもなく、日本政府の怠慢を突く
モンゴルについて書かれた本で次に有名なのは、半藤一利さんの『ノモンハンの夏』です。半藤さんといえば夏目漱石のお孫さんと結ばれた方ですが、その娘婿が僕の親しい友人である北村経夫元産経新聞政治部長(現在参議院議員)です。この人に頼みこんで僕は20数年前に半藤さんに会ったことが忘れられません。会うなり「貴方はくだらない本を随分読んでる人ですね〜」と呆れられたからです。
事前に『忙中本あり』という2年間に300冊ほど読んだ本の読書録をまとめたものを渡していました。そんなこと言われたものでムッとした私は「政治家を知るための資産公開がありますが、それより政治家はどんな本をどう読んだかを公開した方がいいんじゃないですか?」と切り返しました。「うん。それはいいかも」との答えにホッとしたものです。
それはともかく半藤さんはご自分の本で、それまで司馬さんさえ書かなかった「ノモンハン事件」(モンゴルでは「ハルハ河戦争」と呼ばれています)について徹底的に詳しく書いていますが、やりきれないほど重苦しい本です。僕は先の司馬さんの本がモンゴルにとても優しいまなざしで貫かれた友好第一の本だとすると、半藤さんの本は、日本軍国主義の非道さを徹底的に暴き批判した本だと思っています。
これに対して、井手さんの本は、先の大戦後(1945-8-15以後)に起こったソ連とモンゴルの参戦、抑留という不幸極まりない出来事について、なぜどのような経緯で起こり、その実態を克明に明らかにしています。そして現実には、シベリア抑留とは全く違って、ソ連の影に隠れて殆ど起こっていないようにしかみえないモンゴルのケースについて日本政府の不手際を明らかにしているのです。こう見ると、3冊の中で、井手さんの本が最も優れていると言わざるを得ません。
⚫︎「77年の興亡」の第3期では「戦後処理」と個人の学び直しを
さて、今回井手さんの本を我々一般社団法人「未来を創る新教育推進会」はなぜ取り上げたのでしょうか?
それは、今までの個人、社会、国家における教育のあり様を見直す必要があるとの認識から出発している我々として、まず日本という国が他国との関係を誤った歴史として捉えている事を見直したいとの思いがあるからです。先ほど来申し上げていますように、モンゴルという国に抑留されたにも関わらず、どこでどう亡くなったのかも知られないまま死んでいった人々のことを身体を張って調査し、遺族にその経緯を報告をするとの難作業に取り組む井手さんの生き方にこそ、新聞記者からジャーナリストへの転身における個人の学び直しと歴史の見直し姿勢が詰まっていると存じます。
我々は明治維新以降三たびめの「77年のサイクル」の歴史の中に生きています。詳しくは私の書いた『77年の興亡』を元に作ったレジュメをご覧いただきたいのですが、これから始まる「第3期の77年」で、我々は社会として国として、国民あげて第2期で放置された「戦後処理」に取り組まねばなりません。でないと真の未来は開けないと確信するからです。と同時に個人の生き方として、リカレント教育に取り組み、学び直しをする必要があると思います。
その生きた見本として我々の一般社団法人のトップである相島淑美さんのこれまでの生き方を一つのモデルとしてご紹介します。この人は上智大英語学科を出て日経新聞に入社し記者になりました。ですが自分には今一つ合わないと思い、6年後に慶應義塾大学大学院文学研究科に入り直し、アメリカ建国時代から19世紀の文化、精神を研究し、英語力に磨きを掛け直し、卒業後は4年生の大学の講師になる一方、翻訳家として百冊を超える本を出版します。そしてまた6年後に、今度は関西学院大のMBAに入り直し、経営学博士号を取得されるのです。そして更に神戸学院大に准教授として転身。今は経営学部教授として、日米経営学比較とか、茶道に見るおもてなしの研究など多方面で活躍中です。私はこの人の中に学び直しの極意というか、真骨頂を見るのです。(以下つづく 2026-8-2)