続・米朝外交の新展開と日本

世界中を賑わせた金正恩北朝鮮労働党委員長とトランプ米大統領のシンガポールでの会談から二ヶ月余りが経った。米国の中間選挙を意識したパフォーマンス対応が色濃かったトランプ氏の振る舞いに比べて、金正恩氏の国際政治の表舞台への初デビューぶりは、なかなか鮮やかなものであった。米朝共同声明の粗雑さが喧伝され、結局は元の木阿弥ではないかとする見方が錯綜する中で、いま米朝関係は奇妙な静けさが支配している。中間選挙への影響を最大限気にするトランプ氏とそれへの最小限の配慮を示す北朝鮮側の睨み合いが、例年を激しく超えた暑さのせいもあって、大いに弛んでいるようにも見える。改めて米朝関係の展開と日本の立ち位置を見つめてみたい■まずは、会談後の経緯を追う。共同声明にもうたわれた朝鮮戦争の米兵の遺骨55人分が、首脳会談の後にハワイの米軍墓地に改めて埋葬されたことは周知の通りである。一方、日米韓の共同軍事演習は会談直後に中止説が出回った通り、ひとまずは見送られた。こういった展開は型通りのもので、非核化に向けての両者の基本的な姿勢は一歩も変化を見せていない。つまり、どちらが先に手をつけるかを巡って譲り合う呼吸は微塵も伺われないのである■ここで改めて確認すべきは、先の首脳会談以前と以後で北朝鮮への世界の見る目が変わったことについてである。北朝鮮のこれまでのいわゆる「瀬戸際外交」と軍事力の相関関係について、一般的には国内政治上の問題を解決するためや国際環境が悪化した場合に軍事行動をとり、それを外交に繋げてきたと見られがちであった。だが、道下徳成氏(政策研究大学大学院准教授)によると、彼らが政策目的を達成するための合理的手段として軍事力を用いてきたことが明瞭であり、興味深い。北朝鮮の瀬戸際外交を巡っては、政策目的として、時代とともに、野心的かつ攻撃的なものから限定的かつ防衛的なものに変化してきたと捉えられる。その目的に合致する軍事行動は、局地的な軍事バランスなど構造的要因によって促進され、あるいは制約されてきた。北朝鮮の指導者たちは、過去の経験から教訓を学び、時とともに軍事行動と外交活動を巧妙に結びつけるようになってきているとの分析が、真実味を帯びて見えてくるというのが、偽らざるところではないか■彼らの外交姿勢において、抑止力が不可欠の役割果たしてきており、法的な要素も用いながら、時に奇襲的行動によって対象国に心理的ショックを与える手法をしばしば用いてきている事実を冷静に見抜く必要があるとの道下氏の分析は鋭い。日本の世論には、長きにわたり、北朝鮮の指導部の政策形成能力を疑問視し、暴発的行動への不審感を募らせてきた趣きがある。今回の米朝首脳会談に至る流れを見ると、それ相応の冷静な判断力や分析力が背景にあるものと見ざるを得ないのではないか■こうした北朝鮮の対応について、背後に中国の存在が欠かせぬとして、今回も対米折衝の合間に金氏の数度の中国訪問をあげる向きがある。勿論、中朝関係は過去の歴史に鑑みて、時々の変貌はあるものの、基本的には唇歯の関係にあることは論を待たない。これまでの、あたかも「北朝鮮無能論」とでも言えるような対北認識が、シンガポール会談以後「中国の操り人形」であるかのごとき論調にジワリ変わったとみられなくもない。こうした世界の対北認識には表現の違いはあれど、北朝鮮は真っ当な力を持っていないと見る点で共通している気がする。だが、そんな認識で事足れりとしていいのだろうか■日本は長い歴史の中での中国や朝鮮半島との関わりを通じて、とくにこの150年の近代史において、北東アジアの盟主として自認してきたことは否めない。つい先ごろまで、日本のみが近代化に成功し、ポスト近代の立ち位置にあり、中国(韓国も)はまさに近代化の只中で悪戦苦闘を続けているとの捉え方があった。北朝鮮に至っては、プレ近代にあるとの認識が専らだったのである。確かに、時代状況全般については大筋間違ってはいない。国民一人あたりのGDP比較を持ち出すまでもないだろう。しかし、巨大な人口と面積を誇る中国は既に大都市部中心に「ポスト近代」を走っている。その事実を真正面から認めたくない日本は、対中認識のズレを対北認識にもそのまま持ち込む傾向なしとしない。つまり、中国については思考停止させ、北朝鮮には、遅れた国に何が出来るかとの蔑む見方があるのではないか■「米中貿易戦争」とも言われる状況下で、日朝が差配できる選択肢は限られてこよう。だが、見方を変えれば、そういう状況だからこそ、より両者の独立度が推し量られるともいえる。「宗主国」「同盟国」をどこまで気にするかは、ある意味で国家としての近代化の目安である。日本は戦後73年という「維新後」の時間軸の半分にほぼ立ちながら、アメリカの呪縛から逃れられないでいる。少し立ち至ってこの我が身の現状を考えれば、中国を気にする北朝鮮をとても笑うことは出来ないのである。(2018-8-13)

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