生き方の革命的転換こそーAKR兵庫支部会でのミニ講演から(下)

間違っていない自公政権の方向性

自公政権は、「一億総活躍社会の実現」を掲げる一方、人生再設計の必要性を強調しようとしていることは先に挙げた通りです。この方向はあながち間違っていないと思われます。言葉を変えると、こういう社会とは、国民一人ひとりが楽しく生き生きとした生活を目指すことに通じます。これは、音楽、美術など芸術や文化全般に親しむことを含め、人間力を磨くための教育の重要性なども視野に置いた国作り、人作りに向かうということをも意味するものと思います。かつてのような軍事力を優先させたり、経済的に社会を富ませることにばかりに国が力を注ぐのではありません。個人の充実、伸長に注視した国作りです。問題はその具体的中身でしょう。スローガンだけに終わらせないで欲しいものと思います。

それは例えば首都圏、東京一極集中ではなく、地方、田舎への分散、拡散を目指すものだと云え、あるいは、経済成長にのみ価値観を置くのではなく、人間の成長に価値観を置くと云うような、国民生活のシフト転換を意味します。

大型野生動物と人間の共生から

国民生活のシフト転換の例として、私がこれまで取り組んできた豊かな森林を取り戻す闘いをあげてみましょう。これは、日本の森林が荒廃している証拠として、森に棲めなくなった熊などの大型野生動物が里山に降りて来ているという問題と繋がってきます。この問題を考えるときに、つい「人間中心主義」という理念が妨げになります。人間を守るため動物の殺戮を許すのが「人間中心主義」でしょうか。それは誤りだと思います。それはむしろキリスト教を軸にした西欧近代の考え方で、日本は仏教を重んじる国柄として、人間と野生動物の共生を尊んできたはずなのです。それを勘違いする向きが多いのは、まことに残念です。

しかし、これは極端な考え方で、とても直ちに大向こうの賛同を得られるとは思いません。ですが、それぐらいの観点を持って来ないと、結局は人類のエゴで地球が破綻しかねないといえるのです。国益、人類益から動物、植物との共生を視野に納めた地球益を求めて、徐々に方向転換を図る必要があるのです。

働き方の根源的なシフト転換

団塊世代は、別名〝食い逃げ世代〟とも云われます。経済至上主義時代の旨味を味わうだけ味わって、それなりの年金を貰って一線から消えようとしているからです。それに比してその子供たちの世代ー団塊第二世代ーは就職氷河期からバブル崩壊を経て、失われた30年を強いられてきました。

これからの令和の時代は、社会の下降線を上向きに変えねばなりません。そのためには国も個人も価値観の転換が求められているのです。教育期から仕事期を経て「定年後」を迎えるという決まり切った人生コースを後生大事に抱え込むのではなく、知恵あるフリーター、積極的な起業家、複数の仕事への関与などといった新たな生き方、働き方が求められているのです。そうした人生の価値への革命的大転換があってこそ、これからの時代に生き残れることを銘記するべきでしょう。

社会を停滞させてきた責めを負うべき政治家から、そんなこと言われたくないと思われるかもしれません。ですが、その反省もあり、これからの流れを変えたいと念じるが故の必死の提言だと思って聞いてください。

食品が新鮮さを保ち得てない、賞味期限切れだからといって、皆さんの職場でも平気に捨てています。そうなる前に少しでも消費者の食卓に届ける手立てがあるのではないか。一軒一軒ごとの消費者個人と、みなさんの市場をどう直結させるか。まさに革命的な市場のあり方の転換が求められます。これを考える時に、巻き返し策も見えてくると私は確信するのです。(2019-6-16)

 

 

 

 

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