現場の声が聞こえない「コロナ禍後の考察」に見る陥穽

●コロナ禍で医療崩壊寸前だった神戸中央市民病院

コロナ禍第一波の只中のことです。兵庫県神戸市にある中央市民病院が医療崩壊の危機に瀕しているとの報道に接しました。いったいどうしたものかと案じていた矢先に、同病院に勤務する友人の医師から現場の実情を聞く機会がありました。それによると、同病院の最高首脳が新たに代わったことから、司令塔に不都合をきたしている、医療崩壊の危険があるので何とかして欲しいとのことでした。内部告発と捉えられることでもあり、私も十分注意しながら、県知事や市長に注意を喚起し、迅速な対応を要請したのです。県知事は市の専管事項だからとするだけ、市長は市長で同病院は適切に対応が出来ており、問題はないというものでした。しかし、現場の医師は「上層部は全く実情がわかっていず、このままではコロナの不安に怯える患者や陽性症状患者の受け入れでベッドは溢れてしまう。コロナ以外の重症患者への対応ができなくなりつつある」といった危機を訴え続けたのでした。

実際のところが判然としないまま時間が経ちましたが、つい先頃NPO法人「地域医療・介護研究会J APAN」(略称LMC=邊見公雄会長)が発刊した本『新型ウイルスとの闘い』が届けられ、目次を追っていくうちに、神戸市立医療センター中央市民病院の木原義樹院長の名前を発見、急ぎ読んでみました。「グレタの涙」というタイトルで、なかなか読ませる内容でした。というのは、同氏は文章の書き方が上手いというだけで、中身は巧みに病院側の不手際の弁明をしていると読めるものでした。これは私個人の見方ではなく、先の医師を始めとする同病院の現場を預かる医師の一致した見立てのようです。病院の最高幹部とその下での医師たちの関係は、テレビ映画『ドクターX』ほど極端でなくとも、色々と「不都合な真実」が常態であると言わざるを得ないのかもしれません。。

●地方病院発を強調する邊見公雄さんの慧眼

邊見公雄氏といえば、一般社団法人・全国公私病院連盟会長を務め、今は前線をひかれたとはいうものの、このLMCなどを基盤に今回のコロナ禍でも積極的に行動し、発信し続けている人物です。前述した本は、LMCと株式会社ヘルスケアシステム研究所(中西一夫代表)との共著で、いわば邊見氏の監修になるものです。同氏は先に『令和の改新』なる極めて興味深い提言を含む本を出版され、私も『忙中本あり』で取り上げ紹介しました。その邊見先生がこの本の序文「第一次コロナ戦争覚え書き」で、この人独特の「過激すぎる」発言を展開、なかなか読ませます。

「オスプレイやイージス艦など重厚長大、大艦巨砲という先の大戦の轍を踏み、マスクや消毒液を中国に委ね‥‥といった事例は数えきれない。コロナ禍中、京や浪花で300年続いた老舗の経営者達は、有識者会議を〝成金会議〟とか〝一発屋会議〟と揶揄している」と、政府の対応をバッサリ斬ったあと、返す刀で民間病院にグサリとさしこんでいるのです。「今まで公立病院は非効率で不要論を唱えていた民間病院だが、これらの病院で今回のコロナ患者や有熱者の救急車を断っている所も多くある。平時は厄介者扱いで、困った時だけ公立頼み」と、手厳しい。

こういう批判ばかりでは勿論なく、随所に事の本質をつき、これからの対応への具体的提案が読み取れます。なかでも、医師の偏在解消、感染症専門医の育成、電子カルテの統一などを強調されているのは、当然ながら一刻を争う緊急テーマだろうと思われます。

●いささか過激な安倍政権批判

ただ、この書物で気がかりなのは、サブタイトルに「現場医師120日の記録」とあるにもかかわらず、よくよく目を凝らしてみても、登場しているのは、病院の院長や部長、医大の学長や教授、団体の会長や理事長ら現場から遠い幹部ばかり。現場医師の姿は殆どありません。辛うじて、「現場からみたPCR検査の実態」とのタイトルで、臨床検査技師が書いたとされるものだけ。しかし、それもなぜか名前はなく「Y」とイニシャルだけとは寂しい限りです。これでは看板に偽りあり、と言われるのではないでしょうか。実際に現場で闘った医師の声を聞きたいとの声に応えられていないのは、恐らく彼らはそれどころじゃあなかったのでしょうが残念という他ありません。

それともう一つ。初動の遅れから始まって、ダイヤモンド・プリンセス号への不首尾、水際対応の不手際など、首相や厚生労働省始め政府当局の失敗をあげつらうことは当然だとしても、それがいささか過ぎて見えるのは首を傾げざるを得ないのです。これでは、床屋政談、井戸端会議の域を出ないのではと、安倍晋三首相ら政権中枢が気の毒になってしまいかねないくだりもあるのです。

とりわけ、中西一夫さんが、安倍首相が「学歴コンプレックスを持っている」とか、「豪邸で犬を抱いている」と述べて、心ない批判をしている第3章の「リーダーシップ」の文章は酷いと言わざるをえません。長く同僚議員として近くで安倍さんを見てきた私は彼が学歴コンプレックスなど持ってると感じたことはありません。また、安倍さんが犬を抱くのは、子供がいず、したがって孫にも恵まれていない彼としては、そうすることで安らぎを覚えるに違いないと思うのです。国家的リーダーのこととはいえ、そのような批判は、個人的な日常を慮れない非情な言葉に思えます。首相批判は自由ですが、するなら、ステロタイプ的な個人攻撃や政権批判ではなく、コロナ禍対応の事実に即した批判をして欲しいものです。

コロナ禍がひと段落ついて、今この本のように次々と政権の対応を批判する論考が雨後の筍のように目の前に出てきていますが、実際の現場の声に根差すものが意外に少ないように思われます。

●それでも聞きたい、最前線の医療従事者の声

私の友人が老人ホームで一緒に住む濃厚接触者の中に、PCR検査で陽性と判定された人がいたことはこのブログでも報告しました。そのため彼自身は陰性であるにも関わらず、40日間にもわたって、ステイインルームで、ほぼ一歩たりとも部屋の外にすら出してもらえない状態が続いたと言います。先日、ようやくその禁が解けて、普通の生活に戻れた喜びを聞く機会に恵まれました。その際に、彼が同ホームの住人で、近くの市民病院を訪れた人が当時の病院がさながら野戦病院の如く悲惨な状態であったと語ってくれたことを、聞かせくれました。その病院において医師、看護師が文字通り阿修羅の如く、必死の仕事をしていて、近くにいるだけでいたたまれない思いになったと言います。

私は高嶋哲夫さんの『首都感染』で読んだ、鬼気迫る恐怖の場面を思い起こすぐらいしかないのですが、コロナ禍ピーク時の全国、全世界の医療現場はまさに目を覆いたくなるほどの悲劇の連続だったと思います。そうした場面を経験した現場医師たちの生の声、本当の苦労談を聞きたいと思うのですが、なかなかお目にかかれません。現場ではない、少し遠いところにいる管理者や監督する立場からの政権批判ばかりが聞こえてくるのは少々残念な気がします。(2020-10-17  一部修正=10-18)

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