憲法9条をめぐる国民の声を訊こうー総選挙結果から連立政権のこれからに迫る⑤

それは、自民党や維新の会のように、最初に改憲ありきであったり、共産党や社民党のように断固触らせないという、まず護憲ありきという立場ではないということである。つまり、国民の意思動向が奈辺にあるかを探ったうえで、どこまでも行動を共にするスタンスである。言葉を換えると、国民の間に憲法9条を改正しようとする意見(加憲も含めて)が大勢を占めていないうちは慎重だが、それが変化してくれば、何時でも前向きになるということだ。これこそ国民世論と共にある中道主義の本旨だと言えよう▼そこで、私がかつて衆議院憲法調査会や同憲法審査会の場で提案したように、国民世論の動向を見極めるために、憲法改正国民投票の前に、先行的に憲法9条をめぐっての意見をひろく国民に問うことが必要だと思われる。これから憲法をめぐっての各党の意見調整が今後の政治課題になると思われるが、その際に是非とも国民世論の在り様を探ることが必要になってこよう。さらにもうひとつ大事な作業が残されている。それは政党間の協議で憲法のどこを変えるか、また、どこは変えずともいいのか、との視点からの総点検である。何を今さらという気がする向きが多いかもしれないが、それは違う。これまで一度も丹念にはなされていない▼私が現役時代に、日経新聞の唱えていた「憲法改革」の切り口に賛同して、今ある法律でことたれるものはそれでまかない、足らざるを補えるものについては、今ある仕組みを最大限に活用して、なお足らざるものに限って改正するということでどうかという提案を行った。これは私自身が取り組み原案を示すべきであったが、非力ゆえにかなわず、党内での議論に任せるのが精いっぱいだった。尤も、公明党にはその時の議論の積み重ねがある。今こそそこにこだわって行くべきではないか。改憲に熱心な政党も、護憲に執着する勢力も、つぶさにどこを変えるか、どこは変えずともいいのかの議論を政党の壁を越えてなすべきときである▼まず「改憲」ありきの安倍自民党は、いよいよいよいよ具体的日程に憲法9条を載せようとする構えである。恐らく上記のような提案をしても時間がないと一蹴してこよう。それに負けてはならない。ただ「慎重に」を口にするだけではならず、具体的な提案を次々と繰り出すべきだ。自民党の言いなりにならず、護憲ありきの自称、他称のリベラル政党の戦略にも乗せられてはならない。ひたすら憲法をめぐる国民の声に耳を傾け、幅広い合意を求めることに、中道主義の公明党の真骨頂が問われてくるものと、肝に銘じたい。(2017・11・16)

憲法9条3項加憲の大胆な提案ー総選挙結果から連立政権のこれからに迫る➃

これからの公明党で最も注目されるのは、憲法改正に向かう立ち位置であろう。これまで、公明党は加憲を主張し、主に環境権やプライバシー権など現行憲法制定時に想定されていなかったものについて、国民的合意を得られるものから加えていくとのスタンスを取ってきている。優先順位が高いものものから手を付けるということでは一貫している。私が現役の頃に、9条3項に、自衛隊の存在を明記したうえで、国際貢献のためのPKO(国連平和維持活動)などに従事することもその役割として位置付けることを提案したことがある。しかし、時期尚早として党内で受け入れられなかった。これは2項については触れずにそのままにしておき、新たに加えるという文字通り加憲の対象として提起したのであった。その際に、2項で戦力不保持、交戦権の否定が明記されていることとの整合性をどうするかが大きな課題となる▶これについては、戦力とは、領土、領海、領空の領域保全を侵すものに対抗する自衛力とは違うと位置づけ、否定される交戦権とは、他国侵略のための戦争行為だとすることで、一応解決されよう。現行憲法9条1項、2項は、自衛のための戦力保持を否定などしておらず、領域保全のための戦闘まで否定してはいないとの解釈に立つことで、その行動主体としての自衛隊の存在を明記することが求められる。併せて国際貢献としてのPKOにも取り組むとの役割の明記も必要であろう。勿論、その際、自国防衛のためであっても、国際貢献のためであっても、いわゆる個別的自衛権の範囲内であり、集団的自衛権の全面展開にまで踏み込むものであってはならないとの自己規制は意味を持つ。先の「安保法制」においても、既に述べたように、その点はギリギリ踏襲されているとの観点に公明党は立っている▼ただ、これだと依然として不透明感は残るので、より明確にするために、2項の書きぶりを変え、整理するべきだとの主張は当然のことながら起きて来る。公明党の中では、そうすることよりも、自衛隊の位置づけも、その役割も特に明記せず、現状のままでいいとの判断が大筋であった。私のような立場に立つものはごく少なかったと記憶する。今回総選挙前に、安倍首相が3項に自衛隊を位置付けるとの提案をしたことについては、私の主張と同じに見えながらも、正直言って首相の大胆さに驚きを禁じえなかった。議論のたたき台を出しただけとのこちらの底意が透けて見えるだけに、いかにも能天気なことだと我ながら苦笑したものである。それよりも、この首相の繰り出した”くせ球”への公明党の対応が注目された▶党の立場は私の現役の頃からと同じで、ある意味微動だにしていない。現在の国民世論にあっては、9条に3項を加えるという加憲を求める声は決して大きくないとの認識である。尤も、それはまた国民の間に、自衛隊明記を9条に書き加え、その役割にきちっと一定の歯止めがなされてあれば、、それを認めるのはやぶさかでないというものであるはずだ。したがって、これから憲法9条をめぐる国民世論がどう推移していくのかが、公明党の決断に深く関わって来るといえよう。(2017・11・13)

相互に影響を及ぼしあう関係ー総選挙結果から連立政権のこれからに迫る➂

自民党と公明党の連立が実現してほぼ20年。この二つの党はそれなりに影響し合ってきた。それはお互いをどう変えたか。自民党はかつて55年体制下にあって、野党第一党であった日本社会党と付き合う中で相手方の繰り出す政策をパクるかのように先取りしてきたとされる。本質的には富裕層の側に立ちながら、時に応じテーマに応じて、結果的に社会的弱者救済の道を、微々たるものであったにせよ、取り入れてきたと言えなくもなかった。日本社会党がその歴史的役割を終えて後方に退いた時に、代わって表舞台に躍り出たのが公明党であった。最初は”自公民三党”と呼ばれた野党の要役として、その後には与党の一翼を担って。世間の見方はどうあれ、この立ち位置の変化は、あくまで自民党政治を変革するための手段であった。外から変えるのが無理なら、内側から変えるしかないとの論理で。その戦いの具体的手だては、社会的弱者の側に手を差し伸べることに尽きた。かつて日本社会党からの政策提案を巧みに取り入れた自民党は一転、今度は政権与党のパートナーとしての公明党の主張に耳を傾けることに切り替えていったのである▼一方、公明党も永年の政権与党生活にあって、自民党的政策を種々取り入れてきた。二年前の「安保法制」をめぐっての政策合意はその最たるものであろう。それは、同盟国に対する攻撃がきっかけであったとしても、それが日本に対する攻撃と同様に日本の国民に深刻で重大な被害をもたらすようなものであれば、日本は武力行使をしてこれに反撃することまで憲法9条は禁じていないという解釈である。これは公明党からすれば、個別的自衛権の延長線上にあるとの認識に立つもので、集団的自衛権の行使を全面的に容認するものではないとの立場を主張した。この点における両党の捉え方は、玉虫色的側面があると認めざるをえないものの、集団的自衛権のフル展開を認めさせなかったという点で、公明党はより安倍首相側に譲歩をさせた結果といえる。これについては、当時の自民党内におけるさや当てが思い起こされる。石破茂氏があの事案の直後に防衛相就任を断ったことだ。彼は首相とのスタンスの違い(安保法制と公明党との関係)をその理由にしたことは我々の記憶に新しい。また、いわゆる「共謀罪法案」の成立過程にあっても、当初は膨大な数にのぼった犯罪要件をかなりの数絞ったことは注目される。これとて一般世論の反発を十分に抑えるには至っていないとはいうものの、この分野の特殊性に鑑みて、もっと評価されていいものと思われる▼こうした経緯を踏まえたうえで、自民党と公明党両党のイメージの変遷は興味深い。例えば、19歳から28歳までの若者にとって、最も「保守」に位置付けられるのが公明党で、自民党は「中道」だという調査結果(読売新聞社と早稲田大学現代政治経済研究所の共同調査)には驚いた。かつての「保守対革新」という枠組みに色濃く反瑛していた左右両翼の存立基盤であったイデオロギーは、今の若者には無縁である。「保革論争」の最中に、公明党は中道主義の旗を掲げて、イデオロギー抜きの国民生活優先の政治を生み出す新時代の担い手として登場した。しかし、それが気が付いたら、いつの間にか「保守」のレッテルを張られているとは感慨深い。何をもって「保守」といい、「リベラル」「中道」とするかはいささか見方が分かれるところだが、ここは公明党に政権担当能力があることが十分世間に認められたものとして、「保守」の名に甘んじておこう。だが、新たな風を送り込む気運に満ちているとは言い難いとの、古いイメージで公明党が捉えられているとするなら、要注意である▶今回の総選挙結果を受けて、これからしばらくまた安倍自民党権が続くことになるが、「一強」をどこの誰がが封じ、どう日本政治を進展させるかに、世の関心が集中している。小選挙区比例代表並立制のもとでは、かつてのような自民党内の反主流派の台頭は望むべくもないとの見方がもっぱらである。だとするならば、連立のパートナーであり、選挙協力という生殺与奪のカギを握る公明党の出番であろう。連立政権内野党として、自民党を揺さぶり、時にブレーキ役を果たし、またある時には覚醒させることが公明党の存在価値を高めることになるに違いない。(2017・11・10)

50年前と本質的に変わらない政治ー総選挙結果から連立政権のこれからに迫る➁

 選挙協力に厳しい側面があるからといって、止めることはできるだろうか。20年にもわたって続いてきた自公の関係はそう簡単にくずれることはないものとみられる。だが、意外にもろいともいえる。一度ガチンコ勝負をしてみたらいいという意見も当方にないではないが、現実には相当な困難を伴う。それよりも公明党は小選挙区から撤退して、比例政党に特化したらどうかとの意見は内外を問わずにある。あるいは衆議院から撤退して、参議院にのみ議席を持つ政党になってはどうかとの問題提起もないではない。善意からにせよ、悪意からのものにせよ、聞き逃すわけにはいかない▼こうした主張に接するたびに、私は公明党の原点に思いを致す。それは政治の世界の浄化を掲げ、政治家改革、政党改革を目指して出来た政党であるということである。そこには既成政党が、国民、大衆から遊離してイデオロギー論争にうつつをぬかし、観念の遊戯に走っているとの認識があった。大衆福祉と平和な国際環境構築に向けて闘うことがその使命であった。「大衆と共に」を旗印にした政党の誕生は、出発においてどの政党とも違う原点を持つ。どこまでも素人の集団が公明党の”売り”であった▼昭和39年の結党以来、50年有余。日本経済は高度経済成長を成し遂げたものの、バブル崩壊を経て長期不況に低迷。今はアベノミクスの効用でいささかの景気浮揚は感じられるものの、経済格差は覆うべくもない。一方、国際社会にあっては米ソ冷戦は終結したのだが、ISの台頭、北朝鮮の核ミサイル攻撃への懸念、中国の軍事的大国化など新たな危機要因がひしめき、寸時の油断もならない。結局は、国内政治的には社会的弱者の中身が変化しただけで、救済を求める声は一段と高まっているし、国際社会では新たな不安定要因が高まり危機感は募る一方である。結局は50年前と政治が解決を迫られる課題は本質的には大きくは違わないのだ▼結党直後に党員になり、5年後に機関紙記者になって、衆議院議員秘書から代議士を経て今に至るまで、公明党を見守り、時に主体者として党を動かす一員であり続けてきた。その私にとって、与党・公明党の役割が今ほど重要視されるときはないものと思われる。今そこに横たわる内外の危機的状況にどう対応するのか。50年前に結党された時の思いに今再びの思いで立ち返らねばならない。党も個人も政治のプロになってしまって、シロウトだった昔の思いを忘れているのではないか。素朴な疑問が胸をよぎる。安倍一強といわれる自民党に寄り添うだけで、公明党らしさを発揮できずに大衆に満足を与え得ていないのなら、何のための公明党なのかと言われかねない。(2017・11・6)