ブラジルと日本を繋ぐ二人の男の確かな出会い

7月の初頭。公明党の明年の参議院選挙における兵庫選挙区の新しい候補者が決まった。高橋みつお(光男)氏、41歳である。つい先月末まで、ブラジル駐在の外務省の一等書記官だった。公明党兵庫県本部の前代表である私としては、正式に後援会が発足するまでは、後見人の立場にたたざるを得ない。現県本部執行部から要請を受けて喜んで引き受けた。2日に県庁記者クラブでの出馬会見にも立会い、同日午後に二人だけでじっくりと懇談した。これからの公明党を担うに相応しい大物新人であることを実感。なんとしても当選させたいと強く思った。彼は大阪外語大英米語学科4年在学中に、外務省の専門官試験に合格、中退を余儀なくされた。入省後は、ポルトガル語の担当を命ぜられ、習得。ブラジルを始めとする関係国を中心に30カ国もの国々を飛び回った■私は彼の経歴を知るにつけ、ブラジルと日本の友好関係構築に取り組んできた、一般財団法人「日伯協会」に思いを馳せた。嬉しいことに、現在の同協会の理事長は私の竹馬の友である三野 哲治氏(本年、兵庫県功労賞を受賞)である。彼はつい先年まで株式会社住友ゴムの会長職にあった。京都大を出て住友電工に勤務していたが、常務取締役を最後に、住友ゴムの副社長として栄転。社長、会長と上り詰めた。現在の関経連会長の松本正義氏の住友電工での一年後輩になるが、かつて川上関経連会長当時の秘書長をするなど、関西経済界でも活躍をした。私と彼とは神戸市立塩屋小学校で同期。中学、高校は袂を分かったものの、少年期を共有した得難い友である。今に至るまでの共に抱いた夢を巡っては、電子本『運は天から招くもの』(キンドル)で縦横に語り合ったものである■ブラジルが結びつけた縁で、私は高橋候補と三野理事長とに面談してもらうことにした。まずは下検分にと、「海外移住と文化の交流センター」の中にある日伯協会の事務所を11日に訪れた。元町駅から北に向かって歩くこと15分ほど。神戸港を遥かに臨む高台にそれはあった。兵庫県を地盤とする選挙区で長年過ごしながら、この協会を訪れたことは今までなかった。ブラジルを説明する展示物(「不毛の地セラードを巨大穀倉地帯に変えた日系パワーの挑戦」)などを見ていたら、同協会の移住ミュージアムの天辰充幸専門調査員と出会った。私が初めての訪問だというと、彼は最上階の部屋に案内してくれ、神戸港を眺めるように勧めた。110年にも及ぶ日本からの移民の歴史の中で、数知れぬ人たちがこの窓から遠く海の向こうの地をどんな思いで見てきたか考えてほしいと言われた。移民についてほぼ無関心だった自分を反省せざるを得なかった■17日に高橋候補と一緒に、住友ゴム本社に三野・同社相談役を訪ねた。冒頭、ゼクシオなど同社のゴルフ用品を愛用しているとの高橋候補の話で初対面のもたらす二人の間の壁は一気に崩れた。共に仕事上欠かせぬ趣味ということだが、要するに二人とも私とは違ってゴルフが好きなのである。住友ゴムの工場進出の背景に始まり、ブラジル国民気質、移民の歴史の中で培われた日伯関係など、時間が経つのを忘れた。三野さんは、「誠実な人柄に加え、豊かな国際感覚と各国の利害が交錯する交渉の舞台で積み重ねた経験知が光ってる」と、公明新聞の22日付けに期待の声を寄せてくれた。また、私には後日、「立派なひとだね」との感想も。どちらかとえいえば寡黙な彼ゆえの万金の重みを持つ一言だった。激しい闘いが想定される明年の参議院選挙の初っ端の闘いで、私は一足早い滑り出しをすることが出来て満足感に浸っている■思えば2年前の伊藤孝江さんの参議院選挙でも、彼女の弁護士事務所の所長・蔵重信博氏が私の長田高校同期であることが幸いした。彼が動画の中でくれたコメントは秀逸だった。お陰で終始気分良く闘え、最終的に未曾有の得票を得ることが出来た。〝今再びの闘い〟で「伊藤超え」の票を得ることが来年の至上課題だが、三野さんを引き出すことで、密かに二人目の〝強力助っ人〟をゲット出来た喜びを心から味わっている。(2018-7-27)

「老人ホーム入居」という厳かな選択

先日、新聞の「人生相談」にふと目が止まりました。普段から特にこうしたものを読む習慣はないのですが、偶々好感を持っている作家の高橋源一郎さんが回答者だったことが大きかったかもしれません。相談内容は、夫が亡くなったら、家族も友人も殆ど周りにいず、どのように過ごせばいいのか不安だという59歳の女性のものでした。源ちゃんの答えは、その女性と似て非なる自らの「不安」を赤裸々に語ったうえで、それを不安と思わない自分は、考える余裕がないからか、それとも鈍感なのかと述べつつ、他人の相談に答えている場合ではないのかも、と結んでいました。これを読んで、他人事ながら大いに身につまされてしまったのです■実は、私の60年来の友人がつい三ヶ月あまり前に糟糠の妻を亡くし、ひとりになってしまいました。たったひとりの息子とその家族は遠く離れた地にいて、殆ど交流(日常的に役に立たないということ)はありません。彼は最愛の妻への数年にわたる看病と最後の看取りを献身的に尽くしました。これからの人生をどう生きるかー彼は髪の毛がすっかり白くなってしまうほど徹底的に考え抜いたようです。その結果、全てのものを断捨離して、老人ホームに入る決断をしました。過去を引きずらず新たな人間関係のなかで生きると決めたようです。なかなか出来るものではありません。尤も、老人ホームといっても、今流行りの高級なものです。入居に一定のまとまったお金を払って権利を取得し、厚生年金支給額ほどのものを月々払えば、全て賄ってくれるのです。若き日より今に至るまで多くの時間を共有してきた親友の選択に、大いに考えさせられているしだいです■十日ほど前に、入居一週間あまりの彼のホームに行ってきました。先入観は多少ありましたが、いやはや驚きました。開けてビックリ玉手箱ならぬ、行ってビックリホテル並み、でした。筋力強化のためのスポーツジム風のものから、温泉並みのお風呂、ゆったりとした食堂、ビジター用の宿泊室(私が行っても泊れる仕組み)もあります。ただ個人の住居部分はいわゆるビジネスホテルのシングル仕様でした。といったハード面はともあれ、圧倒的な凄さはコンシェルジュの存在をはじめ、職員の丁寧さと優しさ極まる対応、つまりソフト面の充実ぶりでした。職員数も多いようで、至れり尽くせりのサービスをして貰えると友も満足しています■実はこの施設は、大阪府下にある「スーパーコート」のひとつです。関西エリアに50もあるとのこと。すでに定評のある「スーパーホテル」ー5つ星のおもてなしを一泊5120円で実現するとの触れ込みで有名ーが手がけているものでした。ホテル業界からの新規分野開拓です。山本梁介会長の著した『スーパーホテルの「仕組み経営」』によると、顧客満足も生産性もどちらも高めようという仕組みづくりは、半端ではありません。お客の快眠と健康促進についての科学的な研究を進めるために、大阪府立大の健康科学研究室と提携して「ぐっすり研究所」という機関まで設立したというのですから。快眠のための枕の研究をする一方、快眠の度合いを数値で実証しているというのです。眠れなければ宿泊料金は返金すると云うのですから、とことん徹底しています■このようなスーパーホテル(1996年に新規参入いらい、現在は全国で126店舗、海外にも3店舗)は実績十分ですが、スーパーコートの方はまだまだこれからかもしれません。と言いますのも、この分野は今まさに本格的な競争が始まったばかりだからです。他と比べたわけではないので、なんとも言えないですが、やはり〝上見りゃキリない、下見りゃキリない“というところかもしれません。我が友の決断は私からすると、どうしても〝早すぎた選択〟と言わざるをえず、独り身の面白さを満喫すべく、もっと娑婆世界でやることあるだろう、と思ってしまうのですが‥‥。冒頭の源ちゃんの人生相談の回答と同様に、独りぼっちになった時の選択は、いざとなるとなかなか難しいもののようです。(2018-7-20)

伊藤博文から井戸敏三へ、兵庫県の150年

明治維新からの150年は、同時に兵庫県政の150年でもあります。7月12日にそれを記念し祝う式典が神戸国際会館で開かれました。初代知事は、のちに初代首相となった伊藤博文。この日の式典で最も私が感動したのは、五百旗頭真さん(兵庫県立大理事長)の「近代日本と兵庫の150年」と題する記念講演でした。時間の関係もあり、現実には昭和42年から今に至る50年に絞った兵庫の歩みでしたが、深い洞察に充ちた聞き応えのある中身でした。バブル経済崩壊、リーマンショックなど打ち続く経済低迷の中で、阪神淡路大震災、東日本大震災に襲われながらも懸命に頑張り抜いて、創造的復興から共生の舞台へと開き行く県政ー兵庫県人として誇りを持つに足りうるものでした■五百旗頭さんは、この50年を❶高度経済成長とそのひずみへの対応❷円高不況を超えて、生活文化重視のこころ豊かな兵庫、科学技術立県❸創造的復興へ全力投球、大震災後10年の復興❹災後の時代と行財政構造改革ー21世紀兵庫の創生を求めてーの4つに分けて、筋立てて鮮やかに解説。それによると、この50年の前半においては、日本全体の高度経済成長の中で、県内総生産も全国5位でしたが、後半は、大震災や、首都圏への生産集中の影響もあって、7位に後退しています。とくに印象に残ったのは「創造的復興」という言葉を県が掲げた背景には、一つは、将来構想を常に持ってきた県であること。二つには、強い意志のあるリーダーシップがあったことを強調されていたことです。「失われた20年」という呼称で悲観的に見られがちな時代状況にあってもしぶとく生き抜いてきた県政が浮かび上がってきました。彼の立場上、贔屓目の捉え方であることは割り引いても、賞賛に値するものだと感じ入った次第です■この講演の前に、佐渡裕(県立芸術文化センター芸術監督)指揮による管弦楽団の記念演奏がありました。ウェーバーの歌劇「魔弾の射手」序曲、デーレ(編曲:宮川彬良)の「すみれの花咲く頃」、J.シュトラウス1世の「ラデツキー行進曲」の3曲に参加者は酔いしれました。立ち込める弦楽器の響きの中からホルンが聴こえてくる様子は、あたかも鬱蒼と木々が生い茂る森の情景が浮かび上がらせました。宝塚歌劇団ゆかりのすみれの花咲く頃は、兵庫に生まれ育ったものにとって懐かしい思い出を髣髴とさせました。圧巻は胸高まる華やかな響きのラデツキー行進曲。佐渡さんの場内に向かっての指揮に、会場からの手拍子が一斉に鳴り響き見事な調和を見せました■式の前半を飾った映像「2030 君が輝くひようご」や「兵庫の未来を創る」での小中高の子供達の発表もなかなかのものでした。とくに、我が地元の兵庫県立姫路工業高校の「ホタルを通じた地域交流プロジェクト」(ホタルの飛び交う地域を目指して)には胸打たれました。学校内のビオトープにおけるホタルの養殖に取り組み、ホタルを媒介にした地域交流の場を設けているのです。船場川にホタルの幼虫を放流するので是非見てほしいと、地元の岩成城西連合自治会長から毎年のホタルシーズンたびに強調されてきていましたが、その本源が姫路工業高校の生徒たちにあったとは。「姫路城周辺地域にホタルを溢れさせたい」とは、郷愁に満ちた試みをする粋な高校生たちです。4時間近くの長丁場でしたが、充実したひとときを過ごせ、皆満足げに会場を後にしました。(2018-7-14)

森を守り抜くための「奥山保全トラスト」の闘い

大分旧聞に属することですが、さる3月14日にフジテレビ系で放映された「世界の何だコレ!?ミステリー」をご覧になった方はいますでしょうか?南アルプスの南端のある地域を衛星写真で見ると、濃い緑一色の人工林地帯に、茶色い四角のなにかがたくさんあるように見える。これはいったいなんなんだ?現地を訪れて正体を突き止めようという番組でした。建物か?それとも遺跡か?興味津々に視聴者をさせていく見応えある番組でした■実はこれ、公益財団法人奥山保全トラストが所有する佐久間トラスト地で、静岡県の「森の力再生事業」を使って、自然の森を復元するため、スギの人工林を大規模に群状間伐している場所でした。茶色く四角く見えたのはスギの皆伐地だったのです。地元の佐久間森林組合に委託して、これまでに60ヘクタール、7万本を超えるスギを伐採しており、全国でも例がない大規模な森再生に挑戦している現場だったというわけです。この番組の最後に、奥山保全トラストの室谷理事長(当時)が登場しインタビューに答えていたのですが、この事業の持つ意味を十分に伝えるだけの放映時間がなかったのはチョッピリ残念でした■このトラスト地には私自身数年前に訪れたことがあり、こうした試みをする団体に自分が所属していることを大いに誇りに思ったものです。つい先週末には、同公益財団法人の理事会があり、新たに購入しようとするトラスト地について可否を求める議案が提出されました。それによると、熊本県上益城郡、宮崎県延岡市、愛媛県四国中央市、岐阜県本巣市、福島県会津若松市などの山林を手に入れることが射程に入っており、大変に嬉しいことです。担当者の報告によると、「我々トラストが買わなければ、スギの人工林が植えられる可能性が高い。将来的には、広葉樹の水源の森になる場所で、放置しておけば、植生回復が見込まれることから、トラスト地として保全していく意義がある」とか、「ツキノワグマの個体数が回復した暁には重要な場所となる。標高700メートル前後のコナラ林なので、水源地としても確保しておきたい場所である」など、胸高鳴る中身でした■昨今、日本の森の荒廃がようやく注目されてきてはいます。戦後の拡大造林政策がすべての元凶ですが、伐り出すことも出来ない奥山にまで植えられたスギやヒノキなど針葉樹の人工林1000万ヘクタールのうち、3分の2が放置されたままです。広大な放置人工林は、山の保水力を著しく低下させ、豪雨のたびに崩れて人命や財産が失われています。また、こうした奥山には食べ物が何もないため、野生動物たちは餌を求めて里に出てくる原因になったり、大量の花粉を発生させて花粉症の原因になるなど弊害は深刻さを増す一方です。こうした人工林を天然林に再生させるために、抜本的な対策が求められています。「奥山保全トラスト」のような戦いを国が総立ちでやらねば、と思うことしきりです。(2018-7-6)

さてどうこれを保全するかとなると、なかなか適切な対応策はとられていません。