【55】捕殺するだけではクマ問題は解決しない/12-10

 さる12月5日付けの毎日新聞のオピニオン欄に「論点 クマと向き合う」という企画記事が掲載されていた。3人の専門家が、捕殺中心のクマ対策の意見を述べている。一方、その2日後に神戸で開かれた「日本熊森協会」主催の講演・パネルディスカッション「捕殺だけでは解決しないクマ問題」では、違った視点で興味深い主張が展開された。両者の比較からクマ問題を考える。

⚫︎「山は豊か」なのか

 毎日新聞の記事の中で、横山真弓兵庫県立大教授は、「今も岩手県や秋田県には『クマを殺すな』というクレームが寄せられるという。『人間のせいで山が荒れ、餌場を失ったクマが里に下りた』というが、現実は逆だ。(中略) 野生動物からみれば今、山は昔よりはるかに豊かになっている。結果、まずシカが増え、次にイノシシ、そしてこの十数年でクマが増えた。山の生存競争が激化し、弱い個体が町におしだされている」という。

 この人の言い分では、「豊かになった」山で、動物同士の争いが増えて、「弱い個体」が町におしだされているというのだ。これは事実に合致しているのか。大いに疑問だ。

 次に鈴木正嗣岐阜大教授は、「相次ぐクマ出没で自治体職員は疲弊しきっている。全国町村会の要望書通り、国が主体となり、講習や出没対応訓練を実施し、より効率的で効果的な捕獲技術を開発することが求められる。全国統一的な教育カリキュラムの策定や、テキストやマニュアルの作成・改定も急速に進めるべきだ」と、国主導の野生動物管理が必要だと力説している。管理という名の補殺の勧めだ。

 さらに、北海道の羅臼町のガバメントハンター田沢道広さんは、公的機関がクマ対策を担う動きは歓迎するとした上で①危険性②地域生③財政支援の3つをポイントとしてあげ、クマ対策のために、ライフル銃に習熟する前に、「わなや散弾銃、追い払いのためのゴム弾や花火弾が扱えるだけでも十分だ。今から人材の裾野を広げていくことが重要だ」と、クマを捕殺できる人材の強化を強調している。

 この3人の主張からは、「クマとの共存」という観点が全く伺えず、横山氏の「政府は人とクマのすみ分けを掲げるが、現体制では不可能だ」の言葉がいみじくも象徴しているように、いかにしてクマを殺すかで共通している。「緊急対応」は分かるものの、あまりにも刹那的な対策に殺伐とするばかりだ。

⚫︎クマと人間の共生共存の道を探れ

 2日後に「日本熊森協会」主催の講演・パネルディスカッションの会場である神戸商工貿易センターに向かった。この場で講演し、討論に参加したのは、主催者を除くと、日本森林生態系保護ネットワーク代表の金井塚務氏、信州大学特任の泉山茂之氏、花巻市猟友会の藤沼弘文会長の3人。詳しくは同協会のHPを見ていただくこととして、三者の主張の中核に絞る。金井塚氏は総括的に「メデイアが森林政策の失敗に触れない」ことの誤りを指摘した上で、「経済優先から生活優先へ、自然を取り戻す」ことの重要性を訴えられた。これには我が意を得たりの思いだった。

 泉山氏が述べた「錯誤捕獲の残虐性」は世の盲点を突いていた。猟銃よりも遥かに多い「わな」による捕獲によって手足を傷つけられたクマの実態は一般的にはあまり知られていない。また、藤沼氏の発言で強い印象を受けたのは、クマが肉食系と草食系とに分化しているとの見立てだった。人間を見て逃げるクマは草食系で、ヒトに向かってくるクマは肉食系だとし、前者は見逃し、後者は撃つべしとの判断基準を示された。クマは「優しい草食系動物」から変容したとみるべきだろう。

 またディスカッションで、「森にとって最も大事な尾根筋を切ってしまう風力発電は危険」「国交省は森林整備に殆ど関心がない」などといった発言も重要な着眼だった。総じて、この場での発言は、クマと人間の共生共存を考えることの重要性が強く印象に残った。その上で、なぜクマが人を襲うようになったのかが分からないとの茂山氏の発言は、率直な疑問で印象深い。

⚫︎問題解決に繋がらない捕獲中心の補正予算

 熊森協会の室谷会長は、補正予算におけるクマ対策費用の大半が捕殺中心であることに疑問を投げかけた。「ワナ」による捕獲が急上昇しているが、集落周辺にワナを仕掛けることがクマを呼び寄せて、定着化を促しかねないと指摘。クマの数を減らせても、クマの学習に繋がらないうえ、共存できないやり方だと批判した。さらに注目されたのは、人とクマの棲み分けに「犬を活用」していく提案である。

 政府がまとめたクマの被害対策パッケージなるものは、緊急対応と、短期・中期的なものとの3段階で構成されているが、いずれも捕殺が目的である。要するに、そこにはクマと人間の共存を目的とした施策は伺えない。それでは、問題の根本的解決には繋がらないというしかない。(2025-12-10)

 

 

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