昭和元年の1926年から本年はちょうど100年が経つ。これを記念しての式典が「昭和の日」の4月29日に東京・武道館で行われた。私的には1925年12月生まれの義母が享年101歳でつい先日亡くなったことや、自分自身が80歳になったこともあり、越し方行末に思いを馳せる機会にしようと、参加して来た。
⚫︎『黒い雨』の再読で戦争の悲惨に感じ入る
この一年、昭和史を身に刻む営みをしていこうと思っている人は少なくないはず。僕も昭和20年に至る歴史を映像や小説などで改めて学び直すこと、同時に戦後史の捉え直しをしたいと考えている。具体的には、既に井伏鱒二の小説『黒い雨』の再読とNHKのバタフライエフェクト昭和天皇を描いたドキュメンタリーに取り組んだ。
小説は、広島が被爆した昭和20年8月6日から終戦に至った同15日までの現地の10日間を克明に追ったもの。最初から最後まで読むのが辛くてならなかった。原爆が落とされた直後の記述では、「続々と川面を死体が流れ、橋脚に頭を打ちつけて、ぐらりと向きを変える有様は二た目と見られたものではなかった」━━辛うじて書けるのはこれくらい。ページを繰るに従い、ありとあらゆる残酷無比な表現にでくわし、悲しみ切なく胸に迫ってくるばかり。
ひとり生き残った老科学者が、倒れた家の下敷きになって死んだ家族を焼け跡から掘り出す元気もないと言う。その口実に「放って置きます。骨はどこにあっても、結局は地中の有機物になるんですから」と述べる。著者が「科学的に割り切りすぎているのではないかと思った」とあるところに共感。一方、反発も覚えたりと、心落ち着かぬ。
⚫︎昭和天皇のリアルに驚き増す戦後
昭和天皇の実像に迫った「バタエフェ」も感慨深かった。前編では2-26事件で「らしさ」を最高潮に示したもののそれをピークにあとは軍部に仕方なく追随するだけで流され落ちてゆく姿が痛ましい。終戦後に全国を行脚して人間天皇を振り撒くのだが、あの「あ、そう」という我々世代お馴染みの天皇の庶民との対話の現実には笑ってしまった。
ただ、宮内庁担当以外の記者を交えた会見で、戦争責任の所在を聞かれて、文学向きのことに疎い自分はそういうことには答えられないと、不明瞭な言語を曖昧極まる発声で狼狽しながら述べる場面は見苦しかった。占領期に幼少期を過ごし、天皇のことを「お天ちゃん」と呼び、皇太子から「(はよ)交代してんか」と言われているなどと揶揄中傷的な言い振りをしつつ天皇の戦争責任を口にし共和制国家の到来を望んだ身でさえ、気の毒で見るに忍びなかった。
もちろん、天皇が晩年に至るまで老体を惜しげもなく費やして、懸命に日本の復興と歩調を合わせるように皇室外交に取り組んだ姿は評価したい。だが、頭の先から足の先までどっぷりと「戦後民主主義」に染まって育って来た世代にとって、特別扱いされる皇室の存在にどうにも割り切れなさを抱かざるを得なかったことも事実なのである。
⚫︎式典中身に工夫感じられず
こうした感情を持って生きて来た80歳の老政治家がこの日の式典をどう感じたか。正直およそ無意味な中身だったという他ない。全部で50分の前半は高市早苗首相の式辞から、森英介衆院議長、関口昌一参議院議長、今崎幸彦最高裁判所長官らの挨拶まで、まるで聞き応えなし。せめて昭和の100年を4人で分担してそれぞれの立場を担う長としての矜持と見識を示して欲しかった。
後半の海上自衛隊東京音楽隊の演奏は男女2人の見事な歌いっぷりで聴かせた。ただ、「上を向いて歩こう」からの6曲には首を傾げざるを得なかった。「ひとりぽっちの夜」や「昨日より綺麗になった」を重ねて強調されると、暗くて寂しくなる気分が増幅されるばかりだった。せめて空の星ばかりでなく「地上の星」を訴える「プロジェクトX」のテーマぐらい聞かせて、日本のモノ作りの底力や庶民の力合わせの妙味を歌い上げ強調して欲しかった。
後半の企画を聞きながら、こんなものしか考えつかない高市式典委員長の創造、想像力の貧困さを思わざるを得なかった。委員長は挨拶文で「激動と復興の昭和時代を顧み、将来に思いを致す機会となる契機となれば」と発信していた。式典からはそこいらを殆ど感じられなかったのは紛れもない。「昭和100年」関連施策として、国立公文書館における昭和期の文書を中心とした展示会や戦争体験の記憶を次世代に語り継ぐための講話活動などを行う平和の語り部事業、国立文化施設での昭和に関連した展示等の催しなど色々あるのだから機能的精力的に訴えるべきだった。
⚫︎式典よそに面白き読書談義
そんな感想を抱きつつ、偶々隣席同士になった井上義久氏(元公明党幹事長)と語り合った。彼とは若き日に公明新聞記者の修行を共にし、議員仲間として今に至るまで共戦して来た。どんな状況でも沈着冷静で必要な指導力を発揮する尊敬すべき英邁なリーダーのひとりである。退屈極まる時間の展開の中で彼と交わした対話が僕にとって興味深かった。とりわけ読書談義が面白かった。
2人の意見が一致したのは、宮本輝の『潮音』全4巻。彼はこの著作の主たる舞台である富山県の生まれ。僕は著者と同じ兵庫県人である。富山の製薬が力を発揮してきたことを改めてこの小説で思い知った。北前船の通常ルートを逸脱しての、鹿児島、琉球、中国大陸を結ぶ密貿易ネットワークの凄味にどう感じ入ったかを語り合った。
『黒い雨』や「昭和天皇」考を述べる一方、彼からは専ら奥田英朗『普天を我が手に』の凄さを聞かせられた。昭和時代を群像劇風にまとめた大河小説で、軍人、財閥家、女性雑誌の女性編集者、男性ジャズ演奏家など4人の主役が登場するとか。短い時間だったがいかに彼が取り憑かれ嵌っているかが伝わってきた。早速読まねばならぬと思った次第。と同時にこの式典に、若い学者、文化人、アスリート、芸人らいまをときめく多彩な分野の代表を登場させて刺激を与えてほしかったなあと思った次第である。(2026-4-30)