〝いい医者〟に巡り会うかどうかが緊急時には全てかもしれない。かつて深夜の麻雀帰りの帰路で大阪駅構内の階段を踏み外した友人が脳挫傷を負いながら生き延びることが出来た。雀友が担ぎ込んでくれた駅近くの病院に著名な腕利きの脳神経外科医が偶々夜勤でいたことが幸いした。逆に、〝下手な医者〟に当たると悲劇になるケースは数多ある◆映画『評決』では、医療ミスを犯した2人の著名な医師を庇い、裁判長をも巻き込む大弁護団が、ポール・ニューマン扮する飲んだくれから変身した弱小弁護士に最後の最後に敗訴する姿を描く。被害を受けた産婦は生ける屍状態になった。「示談」が家族、弁護士を揺さぶり、医学書まで著述する〝立派な医者〟の影も色濃い◆誤診を恐れていてはまともな医師は育たない。ローマは一日にしてならず、立派な医師も同様だろう。しかし犠牲になる患者はそれではおさまるわけがない。この辺りのせめぎ合いは日常茶飯事かもしれぬ。だが、人の生命を左右する「医療と法律」のどぎついまでのぶつかり合いが陪審員の良識で見事な解決に導かれる。爽やかさを感じた人は多かろう◆つい先年のこと。友人が通勤途上の西明石駅東口改札口を通った直後に意識不明になって倒れた。放置されたまま、ものの数分も経っていたら確実に死は免れなかった。ところがその場に備えられていたAEDを使って呼吸蘇生を施し、病院に通報してくれた〝奇跡の人〟がいた。未だ名さえ知らぬその人の存在がなかったら‥‥。通り合わせた〝ただの隣人〟によって生かされた、この生命を大事に世の役にたっていきたいと語る友の姿が眩しかった。(2026-4-20)。