【99】ユダヤ人とイスラエル国の「闇」━━「歴史」と「映像」から/6-30

 遠い昔に読んだ本のタイトルは覚えているが中身は忘れた。そんなことは誰しもいっぱいあるはず。だが、出版当時著者が誰なのか名前だけでは分からないというケースは珍しかった。1970年代初頭にベストセラーになったイザヤ・ベンダサン『日本人とユダヤ人』である。著者はユダヤ人ではなく、日本人の出版書店主で著述家の山本七平氏であることが分かってからも、「ベンダサン」の意味をめぐってもかまびすしかった。昨今の「ガザの悲劇」や「イラン空爆」の報道に接するとき、ユダヤ人そしてイスラエルという国について僕らは何も分かっていないことに気づく。イスラエルという国を形成するユダヤ人は「哀れで可哀想な」という印象と「計算高くしたたかな」イメージとが混在してきた。だが、鶴見太郎『ユダヤ人の歴史』を読むことでこの民族の興亡と離散、ホロコーストからシオニズムへの全体像を掴める。そしてNHKのバタフライエフェクト『ホロコーストの記憶と揺れる世界』(6-22放映)を観て、「闇」が晴れたような気がした◆ホロコーストをもたらしたドイツはこの80年余、徹して「贖罪」の道を歩んできた。イスラエルが建国されて以降は同国に対する罪の償いを国家の基本(国是)として位置付けてきた。ヴィリー・ブラント首相(西ドイツ)が1970年にポーランドのゲットーの跡地を訪れた際に、ひざまづいてまで詫びた姿が印象深い。後々まで「ナチス狩り」から「アウシュビッツ裁判」といったかたちで、広く深く「贖罪意識」はドイツ社会に浸透していった。前述の映像では、草の根を分けてでもナチスの生き残りや少しでもホロコーストに関わった人間は許さないとの意思が社会に漲っていった様子が鮮明に描かれていた。かつて僕がドイツに住む学生時代の友人のところに行ってフランクフルトの街中で、ヒトラー・ナチスの凶悪さを口にした際に、強く嗜められた。どこで誰が聞いているか分からないからそんな話は止めろという注意だった。日本人の僕が日本語で喋ることにすらそんな反応だったことに強い違和感を受けたものだった。若き日からドイツに永く住んできた友人には反射神経的にその手の話題を拒む姿勢が身に染みついていたのに違いない◆他方、アメリカも、ユダヤ人との関係はとても濃い。いや、イスラエルとアメリカに住むユダヤ人はほぼ同じ(イスラエルが700万人、アメリカが600万人=2025年)人口構成の上、経済的、軍事的にアメリカにおけるユダヤ人はイスラエルを支援し続けており、地球上で最も深い間柄といえよう。尤も、無条件、無批判に応援するというより、注文付き側面が強いし、21世紀に入ってイスラエルの右傾化の進展に伴いアメリカ・ユダヤ人は「母国」に距離を置くようになった。その点でドイツがホロコースト加害国としてイスラエルに強い贖罪意識を持つのとは根底的に違う。これまでアメリカは中東でパレスチナとイスラエルの双方とバランスをとる態度をとることが多かったことは否めない◆今回の「バタフライ・エフェクト」の映像で、極めて印象深かったのは冒頭のベルリン国際映画祭(2024)である。イスラエル人とパレスチナ人の監督2人が最優秀ドキュメント賞を共同受賞し挨拶をした場面だった。ドイツはイスラエルへの武器供与をやめて欲しいと語ったことに大きな拍手が巻き起こった。だが、翌日ドイツ政府をはじめ公的機関の関係者は反ユダヤ主義だとして強く抗議をし、今後の関係遮断すら表明したのだった。もちろん、ドイツにあってもイスラエルの昨今の軍事大国風の様相に批判は根強い。いや、ガザをめぐる世界各国の空気は、概ねイスラエルやそれを支援するトランプ政権への反発である。日本でもこれまでの「ひ弱で気の毒な」ユダヤ・イスラエル像が真逆の存在へと大きく傾斜していく傾向は明白といえよう。かつての被害者が今や加害者へと立場が真反対に変わったことへの衝撃は大きい。ベンヤミン・ネタニヤフ首相が「じっとしていたら敵にやられる。その前にやるしかない」との〝先制攻撃正当化〟は反ユダヤ主義を引き出すに十分過ぎる好戦的構えなのである◆国家相互の力がぶつかり合う冷徹な国際政治のなせるわざだと言ってしまえばそれまでかもしれない。また背景にはキリスト教とユダヤ教をめぐる想像を絶する宗教史の積み重ねがあると片付けるのも落ち着かない。ではどう現実を見てこれからどうすればいいのか。この事態を前にして、人類は今こそ「東洋の叡智」としての「法華経の智慧」に学ぶしかないとの「60年来の思い」がいや増して募ってくる。(2026-6-30)

 

 

 

 

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