【95】今問われるべきは「真の保守」か?━━先崎彰容『知性の復権』を読んで/6-10

 先崎彰容(せんざきあきなか)━━1975年生まれ、未だ50歳を過ぎたばかりだが、現在の日本を代表する思想家のひとりである。これまでこの人を僕が注目してきたのは著作というよりテレビ出演━━フジのプライムニュース━━が主で、読んだものは『本居宣長』ぐらい。あとは公明党の理論誌『公明』に時たま登場するインタビュー仕立ての時評めいたものだった。そんな僕がつい先頃テレビで彼が薦める『テクノロジカル・リパブリック』を読んでたまげた。紛れもなく僕が21世紀なって読んだ本の中で最も刺激を受けた。ただしそれは次回以降に回して、ここでは先崎氏の最近作『知性の復権』を取り上げたい。これはまた滅法惹きつけられた。僕の着眼点はサブタイトルの「真の保守を問う」にある。昨今どこかに消えたように見える「リベラル」や政党の名前に急浮上したもののイマイチ判然と世に捉えられていない「中道」を問うことのほうが緊急を要するように思われるのだが、なぜ保守なのかと◆とはいえ、彼がこの本の最末尾に昨秋の「政治の混乱を眺めながら」書いたことを明かしているように、自民党の圧倒的大勝利に終わった現象を「政治の混乱」と表現しているところに僕は彼の危機意識の在りどころを感じる。この本を読み進めていく上で興味を強く惹いたのは各章の書き出し。現代人の政治意識にまつわるエピソードが面白い。先崎氏の問題意識がどこにあるか、何に関心を持ち思想家として時代の病相を診たてようとしているかがよく分かる。中でも、第5章の政治家から「時代を俯瞰するために必要な勉強」をと、講演を頼まれた時のことは興味深い。「当然のことにやっと気がついたか」の言い回しは、今の〝政治家の出来の悪さ〟を強調するTVでの発言と併せて、彼の自意識の強さを思い知らされる◆彼は今の時代の有り様について、「だれもがどこかに孤独と孤立感を抱えていて」、「わたしの最大の関心事が、わたし自身になっている。高度成長や社会変革といった夢、すなわち大きな物語のない時代が現代なのです」との認識を示している。確かに1960年〜70年代の若者だった僕らの世代などとは全く違う。彼は「資本主義の行き詰まりが行き場のない者たちを生み出し、議会制民主主義の腐敗が政治家への怒りを生み出している」と強調した上で最後に、「世界が流動化し、羅針盤を失い、即応性が求められる時代だからこそ、今、日本人は決断力をもつことによって、精神の自由を取り戻さねばならない」と結論づけている。これが何を意味するか。裏返せば、「現代日本は決断力を持たずに精神の自由を失っている」ということに他ならない。読み手によって受け止め方は異なるだろうが、僕は日本の自立を強調していると読む。それこそが「真の保守」の進む道ではないのかと◆これはひとつの大きな選択肢の提示だと思う。だが、同時に他の選択肢にも目を配りたい。僕が注目するものは2つ。一つは、リベラルに位置する斎藤幸平氏による「新しい社会主義のすすめ」とも呼ぶべき一連の社会変革の呼びかけである。この人は『人新世の資本論』で一世風靡した39歳の気鋭の経済学者だが、まったく新たなコミューン作りの方法などその主張は大いに注目される。NHK が意図的に力を入れている(と見做される)番組には惹きつけられる。もう一つは、宗教的中道の立場を誇る創価学会インターナショナル(SGI)による「世界広宣流布」の動きである。既に全世界192ヵ国に支部組織を持つこの団体の平和への着実な活動こそ現代世界における「大きな物語」に違いない。と、こう書き進めてきて、彼の狙いの延長線上にあるものとして、冒頭で紹介した「国家、軍事力、テクノロジーの未来」というサブタイトルのついた本が浮かび上がってきた。以下次号につづく。(2026-6-10)

 

 

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