「明治150年」に待ち受けるものにどう立ち向かうか

先日、我が地域の公明党支部会に呼ばれてお話をさせていただく機会がありました。20分ほどでしたが、明年が「明治維新から150年」となることに事寄せて、そこに予測される事態とそれへの立ち向かい方について私の考えを述べてみました。ここではそこでの話を基本にして若干整理したものを記してみます。
 明治は1868年に始まりましたから、明年2018年でちょうど150年が経つことになります。この期間の大まかな捉え方は、世に「40年日本社会変換説」というべきものがあり、わたし的には中々穿った見方であると同調しています。維新からおよそ40年後に日清戦争を経て、日露戦争の勝利があり、日本はアジアの大国にのし上がりました。しかし、その後も「富国強兵」の国家的膨張政策を取り続けた結果、更に40年後の1945年には、あの太平洋戦争の敗北という事態を招き、一国滅亡の危機に瀕することになりました。そして、荒廃した国土を旧に復すための臥薪嘗胆の壮絶な経済至上主義の努力の結果、40年後には世界で米国と争う経済大国に昇りつめ、やがてバブル絶頂から崩壊へと歩みます。そして今、失われた20年、30年と呼ばれる時期を経て、40年後の2025年には少子高齢化のどん底に転がりこもうとしています▼これは極めて概括的な時代仕分けですが、見方によっては、80年のサイクルで日本は国家的危機に直面するとの予測に直結します。明治維新では江戸時代の鎖国状況が打ち破られ、欧米列強の侵略のもとに植民地にされかねない事態でした。それは先賢たちの必死の闘いで何とか乗り切りましたが、80年後に結局米国に叩きのめされ、占領されてしまいます。いらい現在に至るまでの73年程はうわべ上は独立国家ですが、実質的には未だ米国の占領下にあるのと大差ないとの見方さえあります。このままいくとあと7年ぐらい後には、再び日本は滅亡してしまうのではないかとの危機意識です。「三度の開国」ならぬ「三度の亡国」といえましょうか▼そういう時代背景を考えるときに思い起こされるのは、「尊王攘夷思想」の台頭という問題です。これは、ごく最近、加藤典洋さんが指摘していますが、それによると、明治維新の前夜に、「尊王」か「佐幕」か、あるいは「開国」か「攘夷」かなどと、欧米列強の侵略の前に、日本の思想状況は千々に乱れました。そして明治維新の前と同様にかの大戦の直前にも昭和維新の名のもとに、「尊王攘夷」思想が台頭してきたというわけです。今80年のサイクル通りに、我々の周りにみたびの「尊王攘夷」思想が跋扈する兆しがうかがえるというのが加藤さんの見立てです。ヘイトスピーチなどに見られる中国、韓国など近隣アジア蔑視やら日本会議の膨張がそれだといいます▼確かにそのような傾向は否定できません。しかし、以前の二回と明らかに違うのは創価学会、公明党の存在ではないでしょうか。日本だけではなく、世界にいま広く深く浸透しつつある創価学会SGIの存在は過去二回と全く違う要素です。また政権に公明党が入っておりその運営の一翼を担っていることは、大いなる希望でないわけがありません。自然に任せていると二度あることは三度あるとのたとえ話のように、日本が三度目の閉鎖的な一国主義に陥りかねないのですが、それを断じて跳ね除けるべき主体に、我々こそなっていかなければならないのです。しかしこれとて唯々諾々と構えていてはいけません、虎視眈々と我々のいくすえを邪魔しようと狙っている動きがあります。このことをしっかり銘記したうえで、元気に明るく新しい年に立ち向かっていきたいと思います。(2017・12・24)

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