「大阪都構想」を巡って、公明党と大阪維新の会(以下、「維新」と略す)がこのほど合意をしたというニュースを聞いて、遺憾に思う人は多いようです。これまでの経緯を振り返れば無理ないことと思います。あれだけ公明党は反対し、維新とはぶつかってきたのですから。ですが、ここは冷静になって、ことの本質に思いを巡らす必要があるのかもしれません。一言で云うと、政治とは合意形成への道筋に尽きるということでしょう。ただ、それはそうだとしても、タイミングというものがあります。この両党間の合意に反対する人は、ついこの間まで公明党は都構想に反対し、「維新」をなじっていたのに、なぜ今手のひらを返すように、態度を変えるのか。維新から例によって大阪での衆議院小選挙区での「非協力→激突」をほのめかせられて動揺したのか、との疑念を持たれるのも無理ないことです▼確かに、これまで公明党は「維新」の掲げる大阪都構想には反対でした。対立のポイントは、「維新」案がひとたび大阪市を解体して五つの特別区にし、大阪府のもとに東京23区のように所属させようとするものなのに対して、公明党案は、大阪市を生かしたまま総合区を作ろうという考え方でした。煎じ詰めれば「大阪市解体の是非」が焦点でした。自らの意思をごり押しする「維新」は、政治の私物化に繋がるものだと私も批判しました(「浪速の〝ロシア風〟とりかえばや首長選」3-16)。住民投票と首長選挙の結果は違うんだとも強調しました。それを首長選挙で敗退したからといって、妥協するのはいささか早計に過ぎるではないかとの懸念です▼ただ、首長選挙に示された民意をどう見るかは、そう単純ではないとも言えます。賛否が拮抗しているとは言え、結果を全く無視して今まで通りの主張にこだわるのか。それとも賛成が上回った事実をどう勘案するか。無視して、従来通りの姿勢を貫くと、一貫性という面でつじつまは合いますが、もう一度住民に意見を聞く際に示される選択肢に、膨らみがなくなり、不毛の選択が続くだけになってしまいます。そういう意味で、歩み寄る態度を公明党が示したということは、民意をどう現実に反映させるか、という政治の柔軟性の発露の顕在化を意味します。合意形成で失うものと得るものの両者を天秤にかけたうえでの重要な判断だったと言えましょう▼今回の両党の合意では、公明党は、賛成するとの基本姿勢を定めた上、❶市民サービスを低下させない❷特別区の設置コストを最小限に抑える❸現行24行政区の窓口の機能を維持する❹全特別区に児童相談所を設置するーといった要請を踏まえての制度案(協定書)の作成を提案しています。つまり、合意形成に向かっての努力をこの4条件の実現に凝縮させようというわけです。このように言ったところで、所詮は、総選挙での「維新」の恐喝に屈したのだろうとの見方は根強いものがあります。それは勿論否定出来ません。選挙という現代の〝国取り物語〟で多少とも自らに有利になるように動くことは当然だからです。総選挙をまじかに控えたタイミングだからこそのディール(駆け引き)的側面はあり、双方のプラスマイナス両面の結果としての選択だったとは言えましょう▼さらにここで見逃し得ないことは、日本におけるもう一つの保守勢力の台頭を国民が望んでるのではないかとの視点です。つまり、現在のような自民一強ではなく、また立憲民主のような旧革新的な勢力を伸ばして先祖返りするのでもない。さりとて中道の公明党でもないという選択。それこそ、大阪における「維新」の持つ根強い人気をどう考えるかとの見方と関係があります。これを大阪の特別な事情と見るか、それともこれからの日本政治の方向性を先取りしていると見るか。この辺りは極めて重要な判断を要します。今後10年、20年先の日本を考える時に、日本の政治の安定的発展のために何が課題かを考え、複合的判断を下すのも大切です。その際に、政党間における友党関係は一つに限らない、二つあってもいいというのが私の大胆な見立てです。公明党はこれまで臨機応変に合意形成に知恵の限りを尽くしてきました。それこそ変幻自在の対応をする存在としていきてきましたが、これが中道主義の真骨頂なのかもしれないのです。(2019-6-2)