【34】「勇気の連鎖」のドキュメント思い出す━━吉田修一『横道世之介』を読んで/8-30

 NHK『映像の世紀』バタフライエフェクト(以下「バタエフェ」と略)という番組はとても興味深い内容で、毎回楽しみにしている人は多いはず。先日、表題に掲げた小説のクライマックス場面で、これは明らかにあの「バタエフェ」での事件から着想を得たに違いないと心躍らせた。たね明かしは後回しにして、まずその小説、吉田修一の『横道世之介』から触れたい。これを読むに至ったのは何を隠そうチャットGPTのお勧めによる。小説『国宝』をめぐって彼女(A Iちゃんにしておく)と読後の意見交換をしたのだが、実はその時のご縁で、3冊の吉田氏のお勧め本を挙げてもらった。そのうちの1冊である。柴田錬三郎賞に輝いた青春小説だという。大学進学のため長崎から上京した18歳の青年の生の暮らしを描いたもの(60年前と比較しながら読んだ)。主人公・世之介は「愛すべき押しの弱さと隠された芯の強さ」を持つ。何ともいえぬ妙にふわっとした不思議な魅力に溢れる人物像に、ついつい引き込まれ読み進めた◆4月桜、5月ゴールデンウィーク、6月梅雨ときて、1月正月、2月バレンタインデーなどと、一年間の定番のイベントを並べた平凡な章立てに見えるのだが、ドッコイ中身はなかなか非凡。所々で登場人物の未来の姿が別枠で挿入されて、微妙な伏線の役割を果たす。時系列を追うだけの物語展開ではないところが面白い。と共に、世之介の友達の祥子なる女性がまた飛び抜けて浮世離れした、まるで時代劇に出てくるお姫様のよう。お抱え運転手付きの高級乗用車に乗って移動する祥子と世之介の珍道中には、突然歴史上のリアルな事件が出てくる。実は著者の代表作の一つ『悪人』では、佐賀・福岡間での史上初のバスハイジャック事件が出てくるが、この小説ではベトナム人のボートピープル事案と、駅のプラットフォーム落下事故が登場する。前者は、漂流民の中の赤ん坊の存在が2人の心を悩ませ惑わせるし、後者はなんと主人公が巻き込まれてしまう◆21世紀に入った直後に、駅での悲しい出来事は連発したものだが、そのうち、落ちた人を救おうとした日本人と韓国人青年が2人とも巻き込まれて亡くなったケースを覚えている人は多いはず。その事故とそっくりな話が出てくるのだ。なんと、主人公・世之介が犠牲者のひとりとして韓国人の友人と共に生命を投げ出してしまったのだ。この場面で、僕は冒頭で述べた「バタエフェ」を直ちに思い起こした。実は、2023年1月16日放映の『危機の中の勇気』で、東京・新大久保駅で現実に起きた事件(2001-1-26)を取り上げていたのである。その番組では、かねて日韓の架け橋になりたいとの思いを持ち続けていた韓国人青年シン・スヒヨン君の姿が垣間見られた。しかも、息子の遺志を受け継がんと、母親のシン・ユンチャンさんが一般の人々から寄せられた多くの募金を基に奨学基金の仕組みを打ち立てた経緯が紹介されていた。合わせて、その時から6年後にまたしてもJRの駅プラットホームから落下した人を救おうと3人が飛び込んだ事件がおきたのだが、これも紹介されていた。こちらは奇跡的に全員助かったのだが、その救助者のひとり山本勲さんは、スヒヨン君の行為から「一歩踏み出す勇気」を貰ったと、深い感動を受けていた。映像では、「勇気の連鎖」として高く賞賛されており、観るものの胸を打たずにおかなかった◆小説を読んでいて「バタエフェ」のシーンを連想したのは初めてだった。吉田氏がこの番組を観たかどうかまでは分からない。だが、韓国人と共に救助しようとして命を失ったとの設定は事実と連動しており、着想はあの事件から得ていることは間違いない。「バタエフェ」からのインパクトに比べると弱いものの、自らの命を顧みず人命救済に身を投げ出した主人公の行為は深く重く読むものの生命に響く。「バタエフェ」は、他にも胸打つ作品は多い。僕が強い印象を持ったのは、これ以外に、ブルース・リーの「友よ水になれ」(Be water)とか、『ビートルズの革命』上下2作や人種差別を静かに熱く批判する『奇妙な果実』など忘れ難い。こうしたドキュメンタリーを観ると、改めて「事実は小説より奇なり」との言葉を思い出す。そして、ドキュメントっていいなあと思わざるをえない。(2025-8-30)

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