小学校の入学式で日本の教育のこれからを考える

春は入学式の季節。各地で行われていますが、私は生まれた地・姫路に東京から戻ってきて27年。この間に都合4回住居を引っ越しました。今はそれこそ誕生した地のすぐそば、入学した小学校と同じ町内に住んでいます。たまたまこの4月から自治会長を引き受ける羽目になり、その最初の仕事として母校の入学式に参列しました。たまたま校長先生も新任で変わったばっかり。新入生の子どもたちが「ドキドキの一年生」という歌を合唱してくれましたが、校長も自治会長もまさに”ドキドキの一年生”ということで、大いに笑いあいました▼年々歳々新入生の数は減ってくるというのはやはり気がかりです。それでも今年は70人ほど。クラスにして3クラスに分けられていました。併せて「のびのび学級」と、「すくすく学級」というのが併設されていました。校長に聞きますと、身体的に虚弱な子どもさんと精神的発育に少し遅れがある子どもさんのためのクラスで、それぞれ1~2人いるとのこと。式が行われている間に見渡すと、車いすの子どもさんがひとりいました。式典の進行中に、司会の先生が「はい、みんな立ちましょう」といわれるたびに、立てないその子の心情をおもいやると胸締めつけられる思いに駆られました▼私は、今から60数年前にこの小学校に入学しました。戦争が終わって7年ほどたった頃です。文字通り戦後の焼け野が原からようやく立ち直りかけたころでした。米国による占領期間がちょうど私の幼年期に重なりました。学校に入った時が日本の独立した頃と同じなわけで、今更ながらに親の心が思いやられます。孫がもうすぐ幼稚園の入園式ですから完全に人間のひとサイクルが終わったといえ、実に感慨深いものがあります。「幼保一元化」や「小中一貫教育」といったことが叫ばれている今日、心底から子どもたちのために日本の教育の再建がなされねばならないと思う次第です▼選挙戦も終盤を迎えています。私の住む地域の県議会議員候補は、小学校の美術の先生を27年間やってきて、市議会に推薦され8年間議員をやってきました。今回は前任者が不慮の病気で、急きょ県議会に挑戦することになったひとです。文字通り政治家になろうと思ってきたひとではなく、教育者を目指して一心不乱にやっていたのに、「出たい人より出したいひと」というわけで、8年前に出馬することになりました。昨今、政治家を就職先として目指す人が増えてきていますが、果たしてそういう人の志はしっかりしているのかどうか、心もとない思いがします▼国家の礎は教育からといいます。敗戦後70年、独立を日本が果たしてから63年。自分が受けてきた教育には誇りと自負心があるものの、わが子を育ててきた教育環境というといささか自信が揺らいできますし、孫の世代がこれから受ける教育ということに思いを馳せると、急に不安が募ってくるのはどうしてでしょうか。教育者の道を捨てて政治家になった後輩の県議会議員候補が懸命に「ご支援を宜しくお願いします」と言ってる姿をみるにつけ、「よろしくお願いしたいのはこちらの方もだよ」と思います。つまり、日本の教育、兵庫、姫路の教育をしっかりと立て直してね、と。(2015・4・9)

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