コロナ禍中・アラート後の東京を行く

▲久しぶりに二泊三日で上京

6月15日から二泊三日の日程で上京してきました。目的は、農水省水産庁に行き、北海道豊浦町の地域おこしに関連した要望を、同地の関係者と一緒にするためでした。私は議員勇退後、一時シニアアドバイザーとして関わったコンサル会社時代に豊浦町とは町長始め関係ができています。当初は3月あたりに行く予定だったのですが、コロナ緊急事態宣言騒ぎがあり、延期していたものがようやく陽の目を見たわけです。東京はアラートが消えたとはいえ、未だ警戒感が漂うだけに、その地に行くのはいかがか、との家人の警告を無視しての旅ーせっかく行くのだからと、いつもながらの便乗スケジュールをふんだんに組み込んでしまいました。

▲日本カイロプラクターズ協会で施療、懇談

梅雨の時季であることから心配した天候も、日頃の行いの良さを反映してか、晴れ間にぶつかる見事さで、爽やかな行程に恵まれました。第一日目の15日午後の上京後に真っ先に目指したのは、新橋と浜松町の間にある日本カイロプラクターズ協会。旧知の政治顧問による治療を受けながらの意見交換。脊椎をぐっと押しつつ進める矯正施術は抜群の心地よさ。いつもながらの巧みな手技は心底から感心します。この人に初めて会ったのが厚生労働副大臣時代だから、もう15年ほどが経つ。衆院解散総選挙の空気も漂うだけに、いざという際の支援もお願いしたしだいです。

▲衆院法制局で憲法審査会の経緯を聞く

午後3時には衆議院法制局へ。橘局長に会うため。憲法審査会から憲法特委を経て憲法審査会と、一貫してお世話になったこの人とは上京のたびに不定期に懇談して、憲法をめぐる状況を巡って国会の動きの表裏を聴くことにしています。この日は国会最終盤とあってタイミングは良かったのですが、審査会が開かれたのは通常国会を通じて結局1日だけだったとのことで、不満足感は否めませんでした。去年は産経新聞、今年は毎日新聞のインタビューを受けて、様々な提案を私はしてきただけに、愚痴も出ようというものでした。中山太郎元憲法審査会長のような与野党から信頼の厚い人物が必要との観点で一致。私はある意中の人物を推薦しておきました。

▲姫人会で元麻薬課長の出版祝い

夜は、姫路出身の仲間たちで構成される姫人会。私が上京するときに極力集まってくる気心知れた連中で、この日は、元厚労省麻薬課長だった山本章さんの『「奇跡の国」と言われているが‥ どうする麻薬問題』という本の出版祝いを目的に集まったしだい。元東京工大副学長、産婦人科医で早稲田大学教授、元姫路市副市長、元大企業トップと私の6人でした。話題は勿論、麻薬。本に書けなかったという裏話をいっぱい聞き、大いに盛り上がりました。秘話的赴きが多くて、読書録に書くかどうか悩むところです。話題は多岐に亘りましたが、日本のコロナの対応をめぐり、安倍政権の対応は後手後手に終始したという意見が出たので、私はそう断定するのはいかがかと注文をつけました。新型コロナ対応はまだマシな方で、「モリ、かけ、さくら」から「黒川、河井」に至る不祥事5連発の方が罪深いのではないかと主張しておきました。

▲農水省政務官に要望。全国自治体病院協議会理事長と懇談

翌16日は午前から午後にかけて、今回の上京の主目的である、農水省水産庁への要望案件を巡って、勝瀬典雄関学大講師と北海道豊浦町の関係者2人合計4人で打ち合わせをしたのちに、午後2時に河野農水政務官に会いました。北海道豊浦町ではホタテ貝漁が行き詰まっており、それに代わって陸上養殖をするために協同組合を設立し、積極的に事業を展開したいとの当方の考えを伝えると共に、現地視察を是非して欲しいとの要望を行いました。夜は、全国自治体病院協議会の前理事長の邊見公雄さんとの懇親会を友人を交えて行いました。この人とは30年近く前から交友関係があります。このほど痛快極まる本『令和の改新ー日本列島再輝論』を出版されました。私が読書録『忙中本あり』に取り上げたばかりです。近く京都大学医学部の同窓会報に私のこの書評が転載されるとかで、大いに盛り上がりました。

▲伊勢崎賢治東京外大教授からの要望を受ける

翌17日は、お昼時間に荻窪にある伊勢崎賢治東京外大教授の自宅を訪問しました。この人とも関係は古くに遡りますが、お家までお邪魔するのは初めて。同教授はいま、「国際人道法及び国際人権法の違反行為の処罰等に関する法制度」について、国会での立法化に取り組んでおり、各政党に働きかけています。公明党の協力を待望しており、尽力を私に頼みたいということから、話を聴くのが目的でした。私はその場で信頼する後輩の遠山清彦代議士に連携をとった上で、伊勢崎先生への協力を約束しました。先日、テレビで伊勢崎さんと、舞踏家の菅原小春さんの対談(ダンサーとトランペッター)を見て感動したことを始め、世事万般に話題は飛びまくり、時間の経つのも忘れるほどでした。久々の上京で、懐かしい人たちと有意義なひと時を持つことができ、同日3時過ぎに空席が未だ目立つ新幹線車中の人となりました。(2020-6-20  形式修正)

「競争信仰」はもう終わりにしようー長谷川眞里子と佐伯啓思の場合❹

●まったく新たな価値観への期待

ポストコロナ禍を描く様々な日本人の論考で私が注目したのは、長谷川眞里子さん(総合研究大学院大学長)と佐伯啓思氏(京都大名誉教授)のお二人のものである。前者は、毎日新聞『時代の風』(5月17日付)。後者は産経新聞『コロナ 知は語る』(5月31日付)に基く。

長谷川さんは二つのことを論じているが、ここで強調したいのは、「競争に基づく発展」という価値観についてである。彼女は競争に基づく人間活動が、多大な環境負荷を生み出し、そこに住む人々に精神的ストレスと不幸と矛盾をもたらしてきたが、永遠に富の増加を求めて競い合うことはもうやめて、転換したらどうかとの問題提起をしている。「まったく新たな価値観が出現することを期待したい」と結んではいるが、その中身には触れていない。

佐伯さんは、「グローバリズムの立て直しによる経済成長主義というような価値観はもはや破綻している」と断じ、一方で「このショックをしのいで、V字回復で再びグローバル競争に戻すべき」だとの考え方と「大きな社会転換の契機にすべきだ」との考え方があり、今人類はこの二つの岐路にたっているとの認識を示す。その上で、自分は後者の側に与し、ポスト・コロナの社会像があるとすれば、「医療、福祉、介護、教育、地域、防災、人の繋がりなどの『公共的な社会基盤』の強靭化を高めるものでなければならない」との方向性を明示している。しかも、それは「効率至上主義のグローバルな競争的資本主義というよりも、安定重視のナショナル(国民的)な公共的資本主義というべきものであろう」と、一歩踏み込んでいて、分かりやすい。

ポスト・コロナ禍を巡っては、表面的な変化を追うものが殆どであるなかにあって、価値観の転換を求めるこのご両人のもの、特に佐伯氏のものが出色だと私には思える。

●旧来的価値観の根強さを排そう

我々の社会がコロナ禍に襲われる前から、私などは価値観の転換の必要性を訴えてきた。ただ、訴えはしても、その実現可能性については悲観的にならざるを得なかった。というのは、近過去の様々な安倍首相周辺の不始末があっても、根強い「安倍神話」とでもいうべきものが存在しており、崩れそうになかったからである。つまり、どこまでいっても「経済成長至上主義」であり、株価依存の体質に凝り固まった旧来的価値観の信奉者が多いという現実がある。

しかし、今回のコロナ禍は、その辺りを一気に吹き飛ばしかねない様相を呈し始めている。日本はアメリカや中国ほど貧富の差、格差は酷くはないものの、放っておくと、益々その差は広がりかねない。一歩間違うと、つまり旧来的価値観に身を委ね続けていると、中米二国の後塵を拝するだけになりかねない。ここは、新たな価値観に向けての大論争を始めるべきなのだ。その一歩となるのが佐伯さんの提案だと思う。(2020-6-11)

 

「互助」の取り組みが必然になるとの期待ージャレド・ダイアモンドの場合❸

◉国際的・国内的な互助の取り組みの強化

今回のコロナ禍を巡って世界の識者がこれからの世界について色々な発言をしています。ここで私は、国際経済や国際政治の動向よりも、もっと大きな枠組みの変化について語ってくれる人のものを取り上げてきましたが、第三のケースは、ジャレド・ダイアモンド氏です。『銃・病原菌・鉄』で有名なアメリカに住む生物・地理学者。つい先ほど私は彼の書いた『人類と危機』上下を読んだばかりです。残念ながらそこには直接的には感染症は危機の対象に挙げられてはいません。ここでは毎日新聞のシリーズ「疫病と人間」第4弾(5-15付け)を基にしてみます。

ダイアモンド氏の指摘で最も胸を打つのは、疫病は世界史の転換点になり得るとしたうえで、「グローバル化が進んだ現代は、自国で感染を抑え込んだとしても、他国で終息しない限り、再び自国に飛び火する恐れがある。自国を優先するだけでは長期的には自国のためにならないのであって、必然的に国際的な協力体制が不可欠なのだ」としているところでしょう。「国際的・国内的に『互助』の取り組みを強化せざるを得なくなる」との結論は極めて重要だと思われます。

ただし、この結論は本人も認めているように、自国優先主義が広がることへの懸念もあるのを承知の上で、あえて、ポジティブな影響に目を向けているに過ぎないとも言えます。「新型コロナへの対応を通じ、人類が『脅威』を見つめ直すことにつながってほしい。それが国や人種、社会階層を超えた連帯を選択する契機となることを期待したい」と述べているように、期待を表明しただけに終わる可能性もあります。

というのも、超大国アメリカが今回のコロナ禍の前に、自国優先主義の旗を高く掲げるに至っていたし、今回の感染拡大に対応するにあたっても、ただひたすら自国を守るのに精一杯だからです。しかも、科学を軽んじる姿勢さえ大統領周辺に顕在化していることには呆れてしまいます。一方、もう一つの超大国中国は、他国への救済姿勢を披歴しようとしているかに見えますが、その本意はどこにあるのか。判別するのは心許ないと言わざるを得ません。ダイアモンド氏は、中国が今なすべきことは、「野生動物の取引の全面禁止」だと強調しています。それがなければ、再び中国初の感染症が起きる可能性が高い、というのです。ここでも科学に背を向けた姿勢の危険性が憂慮されています。つまり、中国にも変形した自国優先主義の存在が窺えるのです。

◉パンデミック第二波への対応が試金石

こうした現状を打開できるかどうかの試金石は、恐らくパンデミックの第二波にどう対応するかで、問われてきます。二つの超大国始め、第一波を経験した欧米先進各国や日本、韓国などアジアの国々が、次に第二波が襲ってきた時に、どう対応するかという側面が極めて重要です。つまり、今は未だ被害状況が大きく報じられていない、アフリカや中南米がこれからパンデミックの危機に陥った時に、どう支援の手が差し伸べられるかで、たちどころに試されてきます。一波で経験したことを、遅れてきたる国々にどう提供できるかという問題です。

やはり、今回と同じように自分のところの問題解決に翻弄されてしまうのでしょうか。それとも、救済の手を差し伸べられるのかどうかです。一波とニ波の境目は判然とせず、マダラ模様になるかもしれません。未だ一波が十分に終わり切っていない状況下に、対応が迫られる可能性もあるのです。そんな時に、このダイアモンド氏の見立てが正しいか、それとも単なる期待だけだったのかがわかるといえましょう。正しかったとなると、地球は大きく明るい方向へと舵取りが進むことになるのですが。

前回みたハラリ氏と、今回のダイアモンド氏の結論は、共に連帯と互助が求められているとしており、ほぼ同じです。前者は全体主義的傾向の台頭を恐れていたことが特徴的でした。ダイアモンド氏は、フィンランドという小国の知恵と頑張りを評価しています。コロナ禍への対応という問題に限らず、北欧各国が様々な課題に果敢な取り組みを見せていることが注目されます。これまで、私たちは、超大国の動向に目を奪われ過ぎる傾向がありました。アジアではベトナムの奮闘ぶりが目を引きます。これからは、小国にもっと目を向ける必要が出てくるのではないか、との予感がしてきます。(2020-6-2)