私の講演への徳島商ビジネス部の皆さんからの感想

さる12月25日に徳島県海部郡美波町コミュニティホールで私が講演した内容については、すでに2回にわたって紹介しました。実は主催者の一般社団法人『雪花菜工房』の東丸慎太郎代表が、終了後に参加した高校生たちに感想を求めており、それが29日に手元に届きました。私は知らなかったのですが、あらかじめ伝えてあったことのようで、高校生たちが熱心に聞いてくれていた理由もわかりました。講演者冥利につきることで、嬉しい限りです。

●時代の変化をどう見るか

私は、講演で❶今が明治維新からほぼ150年で、75年前の敗戦と合わせて三たび目の一大転機であること❷その転機は新型コロナ禍の襲来によってもたらせられており、これをどう受け止めるかは極めて重要❸東京一極集中からの分散が大事で、既にその動きが始まっている❹そういう時代の観光は以前のようにただ海外からの訪問者を受け入れるだけではない。自分の住む地域の歴史と自然環境をよく知ったうえで、インバウンド客を受け入れることが大事で、それこそが観光のあり方だ。一例としての日本熊森協会の取り組みを紹介ーといったことを述べました。

それに対して、高校生たちは、「2020年が大きなターニングポイントだと思いました。75年ごとに歴史の転機を迎えているから、将来の75年後の2095年も大きく変わっていると思います」(3年女子)「未来にだけ目を向けるのではなく、過去の出来事にも注目することが大事だと感じた。そして時代の流れを後世に伝えていくべきだと思った」(3年女子)ーとの感想を述べてくれました。歳の差がほぼ60という、孫に向かって爺さんが語る場面なので、苦労しましたが、ちょうど今75歳の私が生まれたのが日本が米欧と戦争をして負けた年だということであり、そのまた75年前が明治維新だったと繋げることによって関心を持ってもらおうと思ったしだい。いささか難しい分析だったかもしれないが、関心を持ってくれて嬉しい。

●ウイルスは鬼と同じとのたとえ

現在のコロナ禍をどう受け止めるかについては、今年大流行した映画『鬼滅の刃』に関連づけたのは、案の定受けたようで、多くの高校生たちが「どこに現れるかわからない鬼とウイルスは同じかも、とよくわかった」(1年女子)「若者にもわかるように『鬼滅の刃』を持ち出してくれて、わかりやすかった」(1年男子)「『コロナ滅のワクチン』とは面白い」(3年女子)という風に。また、「これからは『寄らば大樹の影』ならぬ『寄らばサイトの影』の時代であり、『集中から分散へ』の時代に、『禍転じて福となす』との格言は心に響きました」(3年女子)との反応には、こちらが感激しました。

●熊森協会や奥山保全トラストの試みに強い関心

「今まで森林保全はあまり詳しく知らなかったけれど、赤松先生の話を聞いてより詳しくわかりました。とても驚いたのは、『クマと人間とどちらが大事か?』と聞かれたら『どちらも大事』と答える、と言われたことです。もし、自分が聞かれたら、『人間が大事』と答えます。けれど、この答えは、動物のことを全く気にせずにいることだと気づきました。人間中心に考えてきたから、広葉樹林を伐採して動物の住む場所を奪ってきたんだと思いました。自分が住んでいる地域に山がなく、いつも『森林保全』という言葉を身近に感じませんでした。けれど、今日詳しく聞き、森林保全の大切さがわかりました」(2年女子)「人工林が杉の花粉を増やし、川の氾濫や土砂崩れもたらすことに繋がると知り、怖いなあと思いました。熊森協会や奥山保全トラストが凄いことをしているとよくわかりました」(1年女子)「森がダメになっていることをクマが知らせてくれていることを初めて知った」(2年女子)ー高校生にとって、熊森協会や奥山保全トラストなる団体は初めてに違いなく、その動きを知って率直に驚き、関心を持ってくれたことは有り難い。

最後に私が述べた「使命を自覚する時、才能は急速に伸びる」との箴言について、「変化する時代の中で生きるために意識していきたい」(3年女子)とか、「自分にもいろんな可能性があることを実感した」(3年男子)との反応には満足できるものがあった。(2020-12-29)

 

歴史と自然環境の再発見ー徳島美波町で「自然と観光を考える」会での講演(下)

●首都圏から自然環境豊かな地方への流れ

コロナ禍が蔓延する中で、ビジネスの変容ということに関連する大きな流れの変化が見過ごせません。それは東京一極集中から地方への転換です。建築家の隈研吾さんが、自分の設計事務所を田舎に移した話を日経新聞に書いていましたが、大変に興味深い内容でした。富山の山の中に酒蔵を建てるプロジェクトの担当者たちが、住まいを首都圏から仕事場に移したというのです。

隈さんは、人類が歩んできた建築空間の歴史は、「集中へ」という一言に要約できるとし、野っ原を駆け巡って、狩猟採集に明け暮れていた人類はやがて集まって定住を始め、ハコの中に詰め込まれて労働を強制された。それが効率的、経済的で幸福だと信じ込んで、集中への坂道を転がり続けたといいます。その結果は、「平面的に見れば『都市化』であり、立体的にみれば『高層化』」で、その行きついた先が高層オフィスビルであり、その閉じた箱で働くことが社会のヒエラルキーの上位にいることを意味し、誰も疑わなかったというのです。それがこの度のコロナ禍によって、地方に脱出する機縁を掴み、「集中」から反転した先の「分散」の状況下で、セルフメイドの道が開け、空間を人々が自分自身で作る道が開けたと強調しています。

既に淡路島北部に、パソナの南部靖之氏が東京からの移住を実行する構想を表明しています。淡路市西海岸を中心に、いたるところに同社の観光客を意識した建築物やレストランなどがその姿を見せていて話題を呼んでいます。一昨年でしたか、私が徳島商業高校ビジネス部の皆さんと初めて会ったのは淡路島でしたが、いかにしてこの地を観光振興させるかと熱心に取り組む姿に感動を覚えたものです。これに思いをはせる時、淡路島振興に先鞭をつけたのは少しオーバーにいうと、恐らく徳島商のみなさんだといえましょう。

●熊森協会の取り組みに見る自然保護の究極

私は一般財団法人「日本熊森協会」の顧問を務めています。衆議院議員の現職時代からですから、もう20年を超えています。熊が人里に現れるのは、彼らが森に棲めなくなっているからです。現在の杉やヒノキの針葉樹林の森を、ぶなやならの広葉樹林に変えていかないと、森がダメになってしまうということです。初めの頃は殆ど理解をされませんでしたが、ようやく昨今は耳を傾ける人たちが増えてきました。

それは、昨今大雨が降ると、すぐに川の氾濫を招くことが示すように、山の土壌が弱体化し、保水力を無くしているからです。人工樹林を日本中の山に戦後日本が国策として、植えまくったことが、今頃になってマイナスの効果を発揮してきました。陽の当たらぬ人工樹林の山の荒廃、すなわち森の枯渇を何より証拠づけているのが、熊が人里に降りてくることです。彼らは好物のドングリなど食べるものがないから、それを求めて降りてくるのです。人間はそれを恐れて熊を殺す方向に走り、やがて熊は絶滅することが懸念されています。

熊は好き好んで人里に現れるのではない、餌がないほど山が荒れているからであり、餌が豊富になり、豊かな森になれば、熊は降りてこない。熊の出没は森の悲鳴なんだと私がいうと、多くの人は、熊と人間とどっちが大事だと反論してきます。人間に決まってるだろうと。しかし、そのつど、私は人も熊もどっちも大事、大型野生動物との共生が大事だと言ってきました。これからの日本を考える、つまりコロナ禍後の日本を考える際に必要なのはまさにこの熊と森に代表される自然環境と人間の共生、共存が大事だと気付くことだと思います。

その視点に山間地域のみなさんたちが立って、日本全体に押し広げることが地域活性化、日本再興にとって欠かせないことだと思われます。こうした観点に立つ人々を育てることの大事さはいくら強調してもしすぎることはないのです。地域振興に取り組むにはまず、それに携わる人々の「人間振興」が大事だとは私の信念です。コロナ禍後の世界は、地球上に住む人々が国を超えて民族の壁を乗り越えて、連帯感に立つ必要があります。「地球民族主義」とでも言うべき理念の共有が欠かせません。

コロナ禍によって、これまで分断の風の前に風前の灯であった世界が、同じ地球上に住む人類としての連帯感を取り戻すことができたら、文字通り「禍を転じて福と為す」ことになります。いままさに、そうなるか、それとも一国主義的ナショナリズムの前に分断を加速させて、破滅への道を転がるかの瀬戸際だといえましょう。その時に、これからを生きる若いみなさんが、それを成し遂げる使命は我にありと立ち上がるなら、前途は大いに開けます。私の好きなある哲人の箴言に「使命を自覚する時、才能の芽は急速に伸びる」というものがあります。この言葉を若い皆さんに送ることで、今日のお話の締めとさせていただきます。(2020-12-24  12-29  2021-1-13一部修正)

 

 

明治維新後150年の今ー徳島美波町での「自然と観光を考える」会での講演(上)

昨年(2020年)の暮れも押し迫った12月25日に、徳島県海部郡美波町のコミュニティホールで「自然と観光を考える」と銘打った勉強会(一般社団法人 徳島雪花菜工房主催)が開かれました。私も招かれ、スピーカーの一人として講演しました。タイトルは、「自然と共存する山間地域の活性化」。参加者は地元の関係者と徳島商業高校のビジネス研究部の生徒たちです。

●今我々は何に直面しているのか

75年前の日本。1945年を想像してください。その年に何があったか。日本が米国をはじめとする欧米先進国家群と太平洋や東南アジアを舞台に戦争をして負けたんです。そこに至る過程では、中国をはじめとするアジア各国地域を戦場に、人々を悲劇の底に追い込みました。その敗戦以後、それまでの天皇中心の中央集権国家から、国民主権による自由と民主主義を謳う国家へと変わって行きました。実は私はその年の11月に兵庫県姫路市で生まれています。戦後日本は丸々私の人生そのものと重なります。

その年からさらに75年遡ると、1870年です。この年日本では何が起こっていたでしょうか。明治維新の只中です。ペルーが率いる米国の艦船4隻の来航で、それまで鎖国状態にあった江戸幕府は、一転開国を迫られ国中上を下への大騒ぎになりました。それまでの日本は将軍を中心にした封建主義の国家で、日本人同士で争っていましたが、明治維新以降、西洋文明の流入のもと、欧米列強に追いつき追い越せとばかりに、軍事国家、植民地国家の道をひた走りました。その挙句が75年後の敗戦に繋がります。

75足す75は150。明治維新から150年、昭和の敗戦から75年が経った今、令和2年2020年が暮れようとしています。その年が大きな世界史における分岐点、分かれ道になろうとしていることに、私たちは気づく必要があります。我々の前にあるのはどういう道でしょうか。一つはアメリカファーストという名前に象徴される自国第一主義というナショナリズムです。もう一つは、世界各国の連帯をベースにしたグローバリズムです。前者は、トランプ米大統領が登場した2016年前後から顕著で、彼の進退に関わらず大きな潮流になっています。

実は第二次世界大戦の終わった後のこの75年の間も、ナショナリズムとインターナショナリズムとの争い、あるいは自由民主主義と社会共産主義との戦いといった形で続いてきました。具体的には米ソ対決という形で世界を恐怖に陥れてきましたが、今では米中対立の様相にとって代わっています。

21世紀に入って20年。世界は依然として地球上のあちこちに火種を抱えている中で、「分断」と「連帯」がつの突き合わせる事態が生まれてきていました。まさにその時に、新型コロナウイルスによる感染症の蔓延が起こったのです。この一年あっという間に世界中に犠牲者は広まりました。このウイルスの怖さは神出鬼没というか、いつどこに現れるかわからないということです。人が密集するところだけが危ないかというと、そうではありません。未知の脅威が広がっているのです。

●ウイルスを滅ぼす刃はいつ現れるか

この年子供たちの間で爆発的に人気を集めた漫画、アニメ映画がご存知、『鬼滅の刃』です。この私も映画を見ながら、家族を殺し、妹の禰津子を半分鬼にしてしまったものは、新型コロナウイルスではないかと思いました。切っても切っても断ち切れず、あちらと思えばまたこちらと現れる鬼とウイルスは似ている、と。主人公炭治郎の修行の姿に、ついウイルスを撲滅するためのワクチンの製造に躍起となる人類を連想してしまったのです。一概に荒唐無稽とはいえない類似性を感じてしまいます。「鬼滅の刃」に対比させて「コロナ滅のワクチン」と言いたいです。

コロナ禍がもたらす社会経済への影響は計り知れませんが、「観光」が巨大な損失を受けていることは言うまでもありません。医療崩壊が現実のものになっているのに、経済危機を恐れる日本政府はゴーツートラベルへの期待止みがたく、躊躇したあげくに中止に追い込まれゴーツートラベルならぬゴーツートラブルに苦しんでいます。これは「観光」に大いなる依存をしてきた結果でしょう。コロナ禍の襲来の前に、日本の観光地は、中国、韓国、台湾をはじめとする世界中からのインバウンドに嬉しい悲鳴さえあげていたのですから。

闇雲に外国人観光客を呼び入れ、経済成長の起爆剤にしてきた日本政府の姿勢を嘲笑うかのごとき、コロナ禍の蔓延は何を意味しているのでしょうか?ワクチンの早期登用でコロナウイルスを退治して、何事もなかったように、元のインバウンド拡大に精を出すということで、いいのでしょうか?私にはそう思えないのです。これを機に、「観光」のあり方を見直し、新たな挑戦をすることが求められていると思います。(2020-12-23 12-29  2021-1-13大幅修正

 

 

 

 

 

 

与党内野党としての公明党の頑張りに期待

●75歳以上2割の窓口負担の「自公合意」に快哉

政権与党としての座につくこと20年余ー公明党の存在感はこのところ急速に脚光を浴びている様に見受けられます。注目すべき動きは二つあります。一つは、75歳以上の医療費の窓口負担を2割に引き上げるとの制度改正をめぐって、単身世帯で「年収200万円以上」にすることで合意したことです。当初は「170万円以上」とする自民党と、「240万円以上」とする公明党との間での食い違いがあり、気を揉ませた場面がありました。しかし、大ごとになる前に、双方痛み分けで折り合ったことは、喜ばしいことと思われます。

足して二で割る答えの出し様に、なんだか出来レースのように見る向きもないわけではありませんが、高齢者の生活を守るための努力として、ここは素直に受け入れたいものです。医療費の負担をめぐっては、種々の課題があります。年収ラインの線引きなどといった問題だけではなく、根本的に膨張する一方の医療費をどう抑制するかについては、知恵の限りを尽くす必要があります。新型コロナ禍という予期せぬ出来事の登場で、一層複雑で困難な解決への高次の方程式が浮上して来ているだけに、単純な問題にいつまでも拘泥しておれない背景もあるといえましょう。

与党の中での切磋琢磨があってこその公明党の存在価値があろうというものです。

●広島3区に斉藤鉄夫副代表擁立にも快哉

もう一つは、衆議院の小選挙区広島3区に公明党が斉藤鉄夫副代表を候補者として立てることを決めたことです。昨年の参議院選挙での広島選挙区で当選した河井案里氏及びその夫の河井克行氏(広島3区衆議院議員)のしでかしたことはおよそ常軌を逸しています。公職選挙法違反の罪に問われて自民党を離党していますが、同党が次回総選挙で単純に候補者を差し替えて、今度はこの人で行きますからよろしく、とは言えるはずがありません。だからといって、野党にみすみす議席を譲るわけにもいかず、ここはパートナーの公明党から出すのが一番相応しいと思われます。もちろん、一般有権者からすれば、公明党にも連帯責任が皆無といえないではないかとの声もあるでしょう。しかし、より増し選択の最たるものと思われます。

長きにわたる安倍政権におけるおかねにまつわる問題に、多くの国民有権者はうんざりしています。いわゆる「もり、かけ、さくら」の問題対応には、公明党の支持者の中から、もっと山口公明党も反自民の姿勢を明確にして欲しいとの声が専らです。特に、「さくら」については、テレビで安倍前首相と並んで山口代表の姿が映るたびに、気が気じゃない思いになります。直接関係がないとはいえ、ああいう映像を見せられると、なんらかの弁明と共に、安倍首相との差異を表明して欲しいと思うのは私だけではないと思います。

そういう意味で、広島3区に公明党が独自候補を出すことは、適切な選択だといえましょう。兵庫県では、1区と8区で自民党の支援を受けて公明党の候補が立っています。その苦労たるや筆舌に尽くし難いものがあり、自公両党の関係者の辛さもわかります。それだけに、広島自民党の岸田前政調会長の系列の皆さんの反発も理解できます。ただ、今回の不祥事は弁明の余地なく、もし、ここで公明党が声を挙げなければ、野党を利するだけでした。

ここでも公明党らしさの発揮を期待する有権者の声に応えねば存在が問われるところなのです。(2020-12-12)

 

親しい友が犠牲にー身近に迫ってきたコロナ禍の恐怖

●上京する機会が次々とキャンセルに

新型コロナが猛威を振るうなか、2020年も師走を迎えてしまいました。例年なら、年末恒例の東京での仲間の会を中止にしたり、あるいは不参加にならざるをえないのは残念です。昨年までのものを数えてみると、慶大44年卒政治学科G組クラス会、姫路出身の在京メンバーの会(姫人会)、安全保障研究会の忘年懇談会、私の甥っ子たちとの会(おいとこ会)、高等部担当幹部の会と5つもあります。一回の上京でこれらを全てこなすのは勿論難しいので、はしごしてみたり、2、3回上京したりしたものです。十分に予防をし抜いていけば大丈夫だとの思いはあるのですが、過去にさまざまな疾患を経験した高齢者とあっては躊躇せざるをえません。

また、私がかねて強い関心を持ち続けてきた日米地位協定改定をめぐる問題について、元沖縄海兵隊幹部だったロバート・エルドリッジ氏を公明党の会合に招いて講演をして貰う企画を立案しながら、私は参加を断念せざるを得なくなりました。現役時代から彼とは、沖縄で、そして神戸で論争し続けてきました。この欄でも一度ならず取り上げてきましたし、回顧録にも詳細に書いてきました。ようやく公の場で論争の経緯と、彼の知られざる戦い(9日実施の中身については後日明らかにします)を聞けると思ったのに、残念無念と言う他ありません。妻の反対で行けないと伝えると、彼曰く「我が家では妻は財務大臣ですが、赤松家では総理大臣なんですね」と、皮肉を言われる始末。ここは、一本取られました。

●友人夫婦が感染、瞬く間に重症化そして‥‥

一方、東京、大阪の巨大都市圏を中心に感染者が増え続けるなかで、とうとう私の親しい友人(顧問先の専務理事)の中から重症患者が出てしまいました。この8ヶ月というもの、身の回りには不思議に陽性の人はいなかったのですが、ついにという感じです。10月18日にご本人から電話があり、妻が感染し、入院する羽目になった、ついてはその病院は遠いので近くの県立医療センターに移させてもらえないだろうか、という内容でした。直ちに県議に連絡をとると、コロナ禍にあっては該当保健所の指示に従って頂くしかありませんし、第一、同センターは重症患者しか受け入れないのです、との返事。

そう伝えると、友人は不承不承「じゃあ重症になったら頼みます」といいつつ、自分もPCR検査を今日受けることになっているとのことでした。ご夫婦ですから、危ういなあと思っていましたら案の定、陽性。直ちに奥さんとは違う病院に入院。ところが、数日経って、県立医療センターに転院することになったとのメールが届いたのです。重症化したのでしょう。当初は特に体調が思わしくないわけではなさそうでしたが、みるみるうちに厳しさが増して、集中治療室入りとなってしまわれました。

感染ルートについて問うた際に、恐らく京都の大学に通う孫娘ではないかと思うとのことでしたが、詳細はわからないままです。現役時代から様々なことでサポートをしたり、されたりする仲(アマゾンから共著の電子本あり)で、今も月に一回は大阪にある彼の事務所での会議に参加してきています。従業員は検査の結果全員陰性だったとのことですが、10月は21日に会議があり、そのときに私も接触しています。お互い高齢だから(私より1年歳上)、注意しないとね、と会話を交わしたものでした。(残念ながら彼は7日に帰らぬ人となりました)

●大阪モデル、初の赤信号

全国レベルでゴーツートラベルが右往左往する状況の中、大阪では非常事態を示す赤信号が初めて点灯することになりました。重症者の病床使用率が数日のうちに、独自の基準である「大阪モデル」による指標としての70%を越える可能性が強いと言うのですから仕方ないでしょう。4日から15日まで全府民に可能な限りの外出自粛を要請するといいます。コロナ禍にあって、東京の小池知事と並んで、なにかと話題になってきた吉村府知事ですが、このところ苦戦を強いられ、次第に打つ手なしの状況に追い込まれつつあります。

8日現在、感染者数(死者数)において、大阪23058人(371人)に対し、兵庫は6700人(102人)。人口比から、なんでも大阪府の半分が兵庫県という傾向が通り相場ですが、共に三分の一以下というのは、一応低く抑え込んでいると言えるでしょうか。なにかと対比され、メディアの「意図的中傷の餌食」にされたと言えなくもない井戸知事の盟友としては、大袈裟かもしれませんが、いささか溜飲を下げたというところです。尤も、京都2947人(39人)に比べれば、兵庫も多いと言え、そんな比較をしている場合ではないでしょう。

ともあれ、年末までの三週間あまりで、なんとか第三波の勢いを食い止め、穏やかな状況下で新年を迎えたいものです。そんな状況下で待望されるのは、ワクチン開発。2日に英国が米ファイザー社のワクチンを西側諸国で初めて承認し、来週から接種することとなりました。12月中には米国やEU当局でも承認される見通しだといいます。中国、ロシアでも急ぐ方向のようですが、果たして効力はどこまでか。開発優先はわかるものの、明確な治験を伴わぬ”速さ第一〟だけでは、副作用や後遺症などの懸念もあり、禍根も残しかねません。尤もこの分野では慎重居士で定評のある日本は発言する資格はないかもしれませんが。(2020-12-9 一部修正)