⚫︎にぎやかそ━━賑やかそうな過疎の町
いま、日本の至る所で地域おこしに取り組む試みは数多い。私も議員を辞めてから四国・徳島県南部の海沿いのまち・美波町の地域活性化に関わるようになった。今回はさる3月25日に同地で開かれた『地域活性化セミナー』に参加した際の模様を中心に報告したい。
町役場に入ると「にぎやかそ 美波町」のポスターが目に飛び込む。「賑やかそうな過疎の町」という意味だと思われる。数年前に町内挙げての大激論の末に決まったキャッチコピーだという。僕はこれを見るたびに妙にいとおしい気持ちになる。月夜の大浜海岸からの幻想的風景は観る者をして瞬時遠い古代に誘う。この海岸には「赤ウミガメ」が産卵にやってくる。松林の中に立つ「日和佐うみがめ博物館」は日本一の規模と中身を持っており貴重な施設なのである。
毎年秋10月にこの海岸で行われる「日和佐八幡神社秋祭り」は町中の人びとがやってきて盛り上がる。四国の「お遍路」は徳島・霊山寺から第一歩が始まるが、ここの町にある薬王寺が23番目で同県最後の「札所」である。高台にある同寺の展望台から見下ろす風景(写真)は、町の中心部が一望できる。ご多分に漏れず人口は減少の一途をたどり、かつて存在した高校もなくなって、若者たちの流出も止まらない。この町の賑わいのカギを握るのが「道の駅日和佐」であることから、その有り様を見直す試みがいま本格的に始まろうとしている。
⚫︎鮮やかだった学者たちの競演
3月25日の夜6時から(株)道の駅日和佐の主催、一般社団法人「未来を創る新教育推進会」(会長=相島淑美神戸学院大教授)の共催で、セミナーが開催された。終日振り続いた雨にも関わらず会場に駆けつけた春田裕計議長ら町議会関係者や町民代表らで場内は熱気がこもっていた。司会は日和佐をご先祖からのルーツにする勝瀬典雄氏(元関学大講師)。全国を飛び回る地域おこしプランナーであり、この日の催しの仕掛け人でもある。タイトルは「道の駅 日和佐の可能性を考える」。講演に立ったのは相島教授の他に、石賀和義神戸学院大教授と山川拓也流通科学大准教授。いずれも聞き応えがあった。
相島氏は元日経記者で翻訳家でもあり、今は茶道を通して「おもてなし」の研究もするチャーミングな経営学者。この日は、日本本来のおもてなしは「場」を作って楽しむことにあるとした上で、訪れる人びとと一緒に町も自分たちみんなが幸せになる「場」を作っていこうと強調した。味わい深い「町の活性化手引き話」に強い感銘を受けたしだい。
石賀氏は、日本銀行勤務を経て大学教授になって4年。学生たちと渾然一体になる〝かたちの面白さ〟に嵌っている人と私は見た。「兵庫県における道の駅の経営サポートを実践」との演題で、国交省主催の「道の駅大学連携事例発表会」でのご自身の取り組みを語った。私の選挙区だった宍粟市波賀町のケースの紹介は〝彼の地あのひと〟が思い出されるリアルなお話の連続で無性に懐かしかった。こんな先生と一緒に学べる学生はさぞ楽しいに違いない。
山川氏は観光業に携わったのち学問の世界に。前日まで香川県琴平町での継続的な仕事に携わってそのまま移動。「観光の世界的かつ中長期的な潮流」との講演は、実に興味深く「観光から〝歓交〟へ」との展開には大いに感じ入った。流通科学大はダイエーの創始者・中内㓛が魂魄を留めて世に問う大学。私の母校長田高の大先輩でもあり、「創立80周年記念式典」で2人だけで控室で語り合ったものだ。私は議員を辞めたのち「コロナ禍」までの数年を「瀬戸内海島めぐり協会」(中西進会長=万葉集学者)で過ごした。山川氏の精緻な「観光学講義」を聞きながら中内、中西という2人の「商いと学問の巨人」の微笑む姿がなぜか我が脳裡に浮かんできた。
3人の学者の凝縮された講演の合間に、司会の勝瀬氏が当意即妙で長い繋ぎの言葉を添えて参加者の理解を促していった。この4人のスピーチはぜひ紙化して、関係者だけでなく地域おこしに興味を持つ向きに提供して欲しい。
⚫︎「南海トラフ」への防災を基礎に四国を一国に
この日の会合の冒頭の挨拶は、道の駅日和佐の社長であり美波町の町長の影治信良氏。この人は現在「全国道の駅連絡会」会長も務める。むべなるかなと思ったのは、辺境の地のトップだとは信じられないほどオシャレで粋な政治家に見えることだ。進む道を間違われたのではと思ってしまうほどだ。
質疑応答を経て最後の挨拶に私が立った。議員時代に事務所を支えてくれた女性スタッフが上智大を出たあとハワイでウミガメの産卵を記録するアルバイトをしていたことや、現在住む西明石の海岸がウミガメとの縁が深いこと、お遍路さんの真似事をした菅直人元首相との特別な関係など山ほど海のように語りたいことがあったが、時間の都合で全部カットして、話したのは一つだけ。四国4県が本当の意味で一つになることの大事さについてだった。近い将来必ず起こる南海トラフ大地震に備えるために、四国4県が一丸となってしっかり防災に取り組まねばならない、と。
締めくくりに2001年に誕生した国土交通省の初代衆議院委員長として、道の駅日和佐のリニューアルを契機に、美波町が大きく発展していくようお手伝いしますと述べることも忘れなかった。(2026-3-31 一部修正)