「集団的自衛権行使容認」の閣議決定の正しい読み方

集団的自衛権をめぐる容認の閣議決定を受けて、どう受け止めればいいのかについて記しておきたい。結論から言えば、9条の適正解釈の範囲内といえる結論であったと、大筋評価したい。新聞論調を見ると、今回の決定を肯定的に捉える読売が社説で、「抑止力向上へ意義深い『容認』」とし、限定容認を評価する。日経社説も「助け合いで安全保障を固める道へ」としたうえで、外交力の大切さを強調している。産経は有元政治部長が、「呪縛解き『21世紀の日本』示す時」としてその大きな意義を認めた▲一方、断固反対派の朝日は、「憲法9条解釈覆す」との大見出しに、「戦争参加可能に」と。さらに三浦編集委員の「『強兵』への道許されない」との小論を掲げる。毎日は社説で「歯止めは国民がかける」と、公明へのあてつけのような見出しをつけ、「公明、楽観論で誤算」と「平和国家の変質」を主張する。さらに地元紙・神戸は、解説記事で「国民不在の歴史的転換」とする一方、「歯止め役公明、深まる埋没感」と囲み記事で添える▲このように、地元紙を含む6大紙は見事に半々である。どちらかの主張を見て、今回の決定を楽観的に見るのも、また悲観的に捉えるのも一面的だと私は思う。ここは、やはり、当事者の機関紙・公明新聞を開きたい。山口代表の会見を「平和主義の柱を堅持」とまとめたうえで、「専守防衛今後も変わらず」「国際平和実現へ外交力強化」と訴えている。この会見のポイントは、「外国の防衛それ自体を目的とする、いわゆる集団的自衛権は、今後とも認めない。憲法上、許される自衛の措置は自国防衛のみに限られる。いわば、個別的自衛権に匹敵するような事態にのみ発動されるとの憲法上の歯止めをかけ、憲法の規範性を確保した」にある▲憲法をめぐる、こうした国論二分はなぜなのか。ひとえに憲法9条の明文規定が、安全保障の見地からはかなり曖昧であることに起因する。現実重視派からは「理想に過ぎては国が亡ぶ」と一蹴され、理想主義者からは「非暴力・平和を忘れるな」と絡まれ続ける。もはや、「憲法改正」で、国民的大議論を経て、分かり易い書き改めるしかない。ただ、最後に公明党に求めたいことがある。今からでも遅くないから、今回の11回にわたる自公協議の中味をしっかり整理し、国民に提示してもらいたいことだ。それを第一歩として、あるべき憲法改正に向けての議論が始まるのではないか。(2014・7・2)

Leave a Comment

Filed under 未分類

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です