自国ファーストと真逆の道こそー日本のこれからの生き方について(番外編)/7-3

●中国の国家目標の歴史的背景

 前々回に述べた、中国の近年における目覚ましい経済的発展の要因三つのうちの三番目は、「中華民族の偉大なる復興」を実現する「中国の夢」を政権のスローガンに掲げたことであった。これは、前二者の実現を促す原動力だったと言える。つまり、これあったればこその「半導体生産」であり、「地域圏構想」なのである。トランプが掲げた「アメリカファースト」も、アメリカの復活を意味するものとして、中国の旗印と〝非で似たるもの〟だが、中国は没落期にあった清王朝の時代だけが例外で、それ以前は世界の中心であったとの認識を有しており、背景の歴史が違う。なによりも国民に訴える情念の重みが違うかに見える。

社会主義的独裁専制国家であるがゆえに、少々の異論もなんのその、掲げた国家目標の実現に向けて、全てを飲み込み、疾駆する。自由な民主主義国家群が悠長に構えているうちに、中国の復活、復興は現実味を増してきた。その基底部にあるものには、民衆を掻き立てる情念が裏打ちされているといえよう。

日本の立ち位置はどうか。明治期の近代化から150年が経ち、ポストモダンの時代に入ったとの悠長な認識のうちに、遅れてきたる中国を高みの見物していたら、いつのまにか先を越されていた。これはひとえに「半導体」がカギを握っている。時あたかも、行く末に立ち塞がったコロナ禍。これは日本の先を行く米中両国をも同時に襲っている。どうこれに対応するか。重大な岐路である。

●SDGsに真面目に立ち向かう価値の大きさ

今まで通りの道を、V字回復を信じて行くのか。それとも全く違う道に方向転換するのか。今、この選択が迫られているのではないか。情報誌『選択』の最新号の巻頭インタビューが示唆に富む。歴史家の色川大吉氏は「コロナ禍という『公害』の教訓」と題して、「人間の飽くなき欲望が、新たなウイルスを生む土壌なのかもしれない」と述べる。その上で、「この機に我々は生きることの意味や何が正義か、何が豊かさかを考え直さねばならない」として、「新しい価値観や思想」を待望している。そこで求められる新しい価値観、思想とは何か。

長い間、私は第三の文明の招来を叫び、資本主義と社会主義を乗り越える三つ目の座標を、新しい価値観、思想として志向してきた。ある時はそれを「新社会主義」と呼び、またある時は「人間性社会主義」と銘打って。しかし、それらは旧弊を脱すること叶わず、伝統的価値観の延長線上にあって、迷走していただけなのかもしれない。今、それを点検し、装いを新たにして提起し直す必要がある。それができないなら新しいものに、乗り換える道を選ぶしか無い。

中国やアメリカが共に〝自国ファースト〟の道を邁進して、米中対決の競争を突き進もうとしている最中に、日本は真逆の方向を目指すのがいいのかもしれない。それこそ前述の新しい価値観の一類型であり、SDGS(国連の掲げる持続可能な開発目標)実現に向けて真面目に徹することに通じる。究極のところ、自国ファーストの道と、SDGs実現という相互扶助の道は相容れないと見られるからだ。身を従来通り米国に寄せて、中国と張り合う道を選択することは、結局日本の自滅への道に通じるように私には思われる。(2021-7-3)

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