緊急事態が解除された東京を行くー行事の合間に支援活動/6-26

首都圏も我が兵庫も20日に、緊急事態が解除されました。待ってましたとばかりに二泊三日で上京してきました。今回もまた、古くからの積み重ねに加え、新たな出会いがあり、有意義なひとときを幾つも持てました。

●国会で国交省に小型無人機振興で要望

まず、第一日目の23日は、栃木県の小型無人機振興会の代表5人と一緒に、衆議院第二議員会館で、国交省の担当課長らと面談しました。小型無人機とは、いわゆるドローンのこと。今全国各地で導入を巡っての取り扱いが注目されており、このグループが先陣を切ろうとしています。地域振興のエクスパートである勝瀬典雄氏からの要請で、私も協力をすることにし、このセットをしました。

このあと、衆議院調査室に赴き、旧知のメンバーのうち栄転したり、定年退職する人と出会い、労をねぎらいました。私の現役の頃の20年間にお世話になった人たちの出処進退には感慨深いものを感じます。都議選に支援を求めることも忘れずに。夜は、元ジャーナリストから参議院議員になっているK氏と、現役新聞記者のN氏の3人で卓を囲み談論風発のひとときを過ごしました。かつて同じ道を歩んだもの同士で、対中国観や自民党内事情、公明党のあり方など多岐にわたるテーマを、完全酒抜きで3時間ほど喋ったのですが、実に興味深い経験でした。

●新社会人の激励、リモート会議にも

第二日目の24日は、宿泊先のホテルに、新しく社会人になった22歳の青年H君を呼び、お祝い朝食会を2人でやりました。その昔私の事務所を手伝ってくれた女性事務員の長男です。偶々ホテル近くにある大学に通い、下宿もそばということからこれまでも時々会っていました。若い世代の感性から惜しみなく気概を吸収し、激励もしようとの私独自の着想です。広告会社に就職するも、大学時代と変わらぬリモート講義や会議の連続。それに戸惑いつつ、頑張っている姿に感銘を受けました。今話題の半藤一利さんの遺作『戦争というもの』を贈呈したところ、大層喜んでくれました。次の機会に、読後感を聞くのが楽しみです。

昼前にAKR共栄会のHACCP適合認定委員会のリモート会議に出席しました。東京に来ていても、大阪界隈の委員の皆さんと会議が出来るのは有り難いことです。新時代の安全、安心の清潔な食生活を守るためのHACCP導入。これに模範的な対応をする試みだけに、私としてはやりがいがあります。

昼からは、新橋の日本カイロプラクターズ協会に赴き、村上佳弘顧問から約1時間施術を受けると共に、あれこれと懇談をしました。この人からカイロの治療を受けるのは珠玉の時間で、まさに〝蘇る生命〟を実感します。更に、夕刻までの時間は目黒区へ。かつて厚生労働省時代に付き合った人たちと連携をとって旧交を温めつつ、都議選支援を訴えました。

●高倉事務所の第一声から「安保研」の定例会へも

最終日の25日は、朝早々に中野区の高倉良生事務所へ。新井二丁目にある事務所は私にとって忘れられぬ場所。20代から30代にかけて、都議選で駆け巡った頃の中心拠点でした。近くに住む友人夫婦を呼び出し、候補者に会わせることが出来ました。コロナ禍下の選挙とあって第一声にも殆ど聴衆はなし。私とその友人夫婦の3人は貴重でした。お昼までの時間は中野区大和町方面に友人を求めて足を運んでみました。

お昼からは、内幸町の日本記者クラブ9階で、一般社団法人「安保政策研究会」の例会へ。浅野理事長始め10人で昼食をしながらの、いつもながらの懇談会。話題は専ら都議選に始まり政局の行方、自民党の動向を巡っての内政でした。外政については、私から邉見伸弘さんの著作『チャイナ・アセアンの衝撃』を取り上げてみました。日本の対中観の歪みについて、経済の視点に絞って、地域経済圏の単位で見ることの大事さを強調しました。その上で、中国人の若手研究者の意見を求めたところ、ほほ同意を得ることが出来たのは、確かなる収穫でした。

以上のように、各種行事に顔を出しながら、選挙支援を訴えてみたのです。例えば、冒頭の栃木県のメンバーには要望の会が終わったあと、東京都における友人夫婦、知人の存在を聞いたところ、1人だけ北区に親族がいることが分かったのです。このように、慌ただしいスケジュールでしたが、多くの成果を出せたことに満足でき、夕刻には兵庫に向かって帰路につきました。(2021-6-26)

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