昭和39年(1964年)の東京オリンピック開催から57年。元々2020年の開催予定だったものが、コロナ禍のために一年延期され、今日幕を開けた。前回の開催は第二次世界大戦のために当初開催予定(1940年の12回大会)から辞退を余儀なくされ、24年もの間遅れたのだが、今度は疫病のために遅れた。決まっていたものがずれ、しかも基本的に無観客での開催というのは史上初めてである。開催の是非を巡って論争が今も続く一方、開会ぎりぎりに運営関係者の不祥事から退任者が相次ぐことも珍しい。森喜朗大会実行委員長(元首相)の女性蔑視発言による辞任も記憶に新しい▲一連の出来事から想起されるのは、日本の国力全体の停滞傾向である。高度経済成長のピークともいえた57年前は、全てに右肩上がりの国威揚々たる時期と重なった。一転、今はGDPにおける中国との逆転関係やら、半導体生産から大学の能力を巡る諸ランキングなどの低下傾向の顕在化に象徴される惨めさだ。その極め付けが、コロナ禍にワクチン接種さえままならぬ事態に、右往左往する政治への不信感であろう。何かが狂っていはしないか、との思いが日本中に渦巻いている▲コロナ禍という疫病蔓延のもとでの五輪開催は、どこの国も直面したことのない初めての経験である。開催を返上しても、危機対応から逃げたと言われるし、無観客で開催すれば、何のための開催かと非難される。〝行くも地獄、退くも地獄〟の道は免れない。日本のこの危機的な〝究極の選択〟を、むしろ巡り合わせの妙味と捉え、積極的な意味づけをして、おおらかで明るい発信、振る舞いを望みたいものである。菅義偉首相や橋本聖子五輪組織委員会会長の顔つきや発言にその気配すら伺えないのは残念だ▲かつて「1964年日本社会転換説」なるものを同世代の歴史家が唱えたことを思い出す。戦後社会の復興が「五輪開催」で一段落し、同年から新たな国家建設へ一歩大きく踏み出す転換期になるとの位置付けだった。今の日本も世界初の出来事を後ろ向きに捉えず、むしろそれに日本だけが取り組むチャンスと捉えるべきではないか。「2021年地球社会転換説」とでも銘打って。「成長神話」からの脱却である。具体的には、2030年にも地球が直面する破滅に至る課題ー地球温暖化、食糧危機、プラスチック汚染などといったものーの解決に向かって真正面から立ち向かうことである。これらはいずれも先をいく先進国家グループと、遅れてきたる後進国家群とがせめぎ合うテーマである。これこそ人類史的課題であり、そこに挑戦する使命は限りなく重いと思うのだ。(2021-7-23)