【92】もうすぐ一年が経つ「ウクライナ戦争」とロシア(上)/2-19

 ウクライナ戦争からほぼ一年が経とうという時に、トルコとシリア両国を大地震が襲った。黒海を挟みクリミア半島から距離にして1000キロ余り。隣接する国と地域を襲う人災と天災。天の配剤というにはあまりに無惨なできごとに声もない。とりわけ、罪なき子どもたちが直面する問題に心騒ぐ。報道では、方や赤ん坊をはじめ救い出された子どもたちのすがた。もう片方では、囚われていたロシアから連れ戻すことが出来て喜ぶ母と娘の映像。ウクライナの戦場から連れ去られたままの子どもたちの運命が気になる。米イェール大の報告書にまつわる報道では、この1年で6000人もの子供たちがロシアの各地の48施設で、心凍る「再教育」の下にあるという◆俄には信じられない。当初聞いた時には、戦災孤児に対する善意の救済かと思った。しかし、そうではない。「楽しいサマーキャンプ」などと銘打って、厳しい生活環境に喘ぐ親の元から旅費や滞在費はいらないとの触れ込みで、誘い出す。その後は連絡が途絶えたまま。「親ロシア化」のための教育を施す。21世紀の民主主義国家に生きる者にとって、どうにも理解に苦しむ状況が生まれているのだ◆今から80年近く前のこと。敗戦後の戦場から連れ去られた日本人捕虜たちの悲惨な生活があった。毎日新聞オピニオン欄『現代をみる』での、「未完の戦争 シベリア抑留」(栗原俊雄  2月4日付け)は、広い意味での戦争は「終戦」で終わらなかったことを改めて明かす。旧満州(現中国東北部)などにいた日本人約60万人が、ソ連領内やモンゴルに連行され、6万人が命を失った。抑留体験者たちは、同地での苦難の連続に加えて、帰国後もソ連式共産主義の教育に染まったものとしての差別も受けた。いわゆる「シベリア特措法」が議員立法で成立し、幾ばくかの特別給付金が支払われて、形式的な戦後にピリオドがついたのは2010年。既に「シベリア抑留」が終わって、半世紀を超えていた。こうした歴史を思い起こせば、今に展開するウクライナの子どもたちの「ロシア抑留」も現実味を帯びてこよう◆それにつけても、豊かな文学、音楽やバレエなど肥沃な芸術的土壌を持つこの国とこれらの出来事をどう関係づければいいのか。そこに生まれ育った人々は一体どのような感性と理性で今の事態を見ているのか。とめどなく愚考が渦巻く。(2023-2-23修正 以下続く)

 

 

 

 

 

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