⚫︎憲法9条の拡大解釈と縮小解釈の狭間で
今後トランプ米大統領の動きや国際政治が変動する中で、日本が軍事力行使に踏み切るかどうかの場面が訪れた場合の対応について考えておかねばならない。日本が対外紛争に関るかどうか初めて迫られた機会は「湾岸戦争」であった。この時は「軍事費負担」(つまりカネ)で済ませたのだが、それ以降「人の派遣」が問題となる。ここでも公明党が中心になってPKO(国連平和維持活動)法を成立(1992年)させることで、紛争が終わったあとの再発防止のための自衛隊派遣を可能にした。以後、周辺事態安全確保法(1999年)、テロ対策特別措置法(2001年)、武力攻撃事態法(2003年)と3つの安全保障関連法を成立させた。これらはいずれもPKO法がお手本になったことは紛れもない。
「イラク戦争」に関しては日本の参加が大きな焦点になったが、この時は後方支援に徹した。万が一紛争に巻き込まれることになればその場から離脱するとの条件のもとに参加したのである。後にこの戦争は大量破壊兵器の有無をめぐって米側に大いなる疑義が生じたが、日本は辛うじて同盟の義務を果たした。
この間日本の中では、米側からの軍事的要請のあるたびに、保守は憲法の「拡大解釈」に逸りがちであり、革新(リベラル)は「縮小解釈」に陥りがちであった。双方が共に自身の基本方針に合わせて勝手に憲法解釈を伸縮自在にしたというのが、戦後日本政治の偽らざる実態だった。そんな中で、ギリギリの9条適正解釈の道を歩もうと、左右双方からの悪しざまな批判をものともせずに、懸命の努力を続けてきたのが公明党だった。
⚫︎武力行使に応じるときは政権離脱の選択しかない
2015年の「平和安保法制」制定の場面は、最後の最後まで集団的自衛権の行使を全面的に認めるのかそれとも、個別的自衛権の範囲で収めるのかで、自公両党が真っ二つに分かれた。大議論の末に「限定的行使」で決着した。これは双方に都合のいい解釈、つまり玉虫色の解釈が可能になる余地を残したものだった。「公明党に花を持たせて自民党が実をとった」との巷の解説が専らだったことが暗に示していたように、安倍自民党が永年の懸案だった集団的自衛権問題をクリアできたとして、実質的な「憲法改正」が実現できたとの立場を表明した。一方、公明党はギリギリ個別的自衛権の延長線で収めることができたとの理解だった。平和主義の旗を守るのにもうこれ以上の後退はできなくなったのである。
高村正彦元自民党副総裁があの交渉での担当者として『回顧録』での抑制を効かせた発言が光る。しかし、その一方で、元総理経験者が衆院選に公明候補の応援演説に来た席上、「公明党さんのおかげで集団的自衛権行使が認められるようになった。ありがとうございました」と堂々と発言したことは聞き逃せなかった。
「平和主義」の党であろうとする限り公明党がこれ以上の妥協をすることは許されない。平和外交の展開に向けて知恵の限りを尽くして「話し合い」を進めることこそ公明党の中道主義の真価が発揮される時である。例えば、自民、公明、国民あるいは維新との「自公国」か「自公維政権」等で、軍事力行使に踏み切る場面がきたとしたら、公明は政権離脱の道をとるに違いない。裏返せば、それほどの決意で国家運営にあたり、平和外交に徹するということなのだ。宮家氏のいう「軍事力行使にアレルギーのない健全な中道保守」に公明党は相応しくない。ならば、もうそろそろ「軍事力行使を厭わない保守」に寄り添う役目を終えるべきだろう。
⚫︎「トインビー・池田対談」から50年が経って
池田大作創価学会会長が歴史学の泰斗である英国のアーノルド・トインビー博士と『21世紀への対話』を発刊したのは1975年(昭和50年)のこと。ちょうど今年で50年になった。この対話の中で、将来において専制主義が再び台頭してくるかどうかを巡って、トインビー博士は第2部「政治と世界」において、「残念ながら、人類は、かつて政治面で記録してきた驚くべき悪行の数々を、さらに上回るような悪行を、今後重ねていくことになるのではないかと危惧されます」と、極めて悲観的な予測を披瀝している。それに対して、池田会長は「そうならないよう、われわれは努力していかねばなりませんね」と応じている。今日のロシア、中国、アメリカを中心にした世界の動きを見た時に、50年前のこの見立てが悲劇的に的中していることに愕然とする一方、なんとしても更なる奈落の方向へ進まぬように力を尽くさねばと思う。
トインビー博士は、キリスト教史における力による布教といった暗い一面が仏教徒よりもキリスト教徒をして未来を懐疑的にさせると、同対話集のお二人共通の序文において述べているのはとても興味深い。国際政治の現状を見た時に、人類の未来に深い失望を抱くと共に、国内政治の停滞にもそれと同様の悔悟の思いを持たざるを得ない。
しかし、〝悲観的な思いの淵〟に沈んでばかりではおれない。私がいう「国際協調主義」破綻の時代にせよ、あるいは佐藤優氏の「新帝国主義」の時代の到来にせよ、その先は「新たなる世界戦争」が待ち受けているのだから、それを防ぐための手立てを講じるべく、立ち上がるしかない。「三たびの77年の興亡」は、幕開けと同時に激動する時代に突入を余儀なくされた。この自覚をもとに「新たなる対応」を急ぐしかない。(2025-4-5)