「新コロナ」と政府批判と新しい生き方と

新型コロナウイルス(以下「新コロナ」と略す)が、いよいよ世界中に本格的に蔓延する様相(アフリカの実態が分からないのが却って不気味ですが)を呈してきました。この時に、未来予測を読み解いた月刊誌の特集を『読書録』に取り上げた私としては、政治評論や行動録を旨としているこの欄(『後の祭り』)では、今この時の「政治の対応」を論評するべくあれこれ考え、準備に身をやつしました。そんな中で、思わぬところから、「自分自身の対応」を書こうと思い立つきっかけを見つけたのです。怪我の功名ならぬ、苦労の甲斐あってというべきでしょうか▲それは、新聞の特集ワイド「この国はどこへ コロナ禍に思う」(毎日新聞夕刊4-3付け)でした。作家の島田雅彦さんによる「政府批判が自己防衛になる」とのインタビュー構成の記事です。私はてっきり、「今政府批判をしておくことが世の識者にとって身を守ることになる」との趣旨の話だと思いました。このところ感染症の専門家でない人も含めて、あれこれと政府批判や提案で百家争鳴の様相だから、何かを発言しておくことが文化人、言論人のアリバイ作りになると思われるからです。ところが、最初から終わりに至るまで、徹底して安倍政権をこき下ろす中身でした。で、結論として「市民の生命を危険にさらしかねない政府を批判し、改善を求めることこそが積極的な自己防衛につながるのです」とあって、私の思い違いに気付きました。私が元議員とはいえ、公明党という政府与党に与する存在であるが故に、「聞き辛い中身」だというわけではありません。これまでの安倍政権の身の振り方はおよそ酷いとは思うものの、「新コロナ」対応まで一緒くたにするのはいささか能がなさすぎると思うからです▲ただ、この際それは棚上げしましょう。私がひらめきを持って読んだのは、一番最後に付け足された数行です。「ここまで各国が鎖国してしまうと、逃げ場がない。長期化した場合に心的ストレスとして重くのしかかってくるでしょう。その時、芸術や遊びの多様性が確保されていると、精神衛生上、有利です。誰もが引きこもらざるを得ない時こそ今まで縁の薄かった本や映画、音楽に触れ、自分の頭でものを考える喜びに目覚める絶好の機会になると期待しています」ーここから後を読みたいのですが、これで終わっています。島田さんから政府批判の数々を聞かされるよりも、「貴方の今の過ごし方を聞きたい」と。と思ったのですが、これは新聞編集側の意図(インタビュアーの狙い)とのズレなのでしょう。残念ながら。「芸術や遊びの多様性の確保」ーこの一点について島田さんの試みや論考を聞きたいと思うのは私だけでしょうか。政治批判は食傷気味なのです▲私は今、YouTubeから流れるクラシック音楽を聴きながら、近くの公的施設のトレーニング室で、汗を流す日々です。ランニング、ウオーキングマシンで30分(約5キロ)。自転車ペタルを漕ぐこと10分(約3キロ)。軽めのバーベルを持ち上げたり、スクワットをしたり。更に、腹筋を鍛えるためのマシンを使って50回。鉄棒にぶら下って終了。しめて1時間(因みに利用料200円)。併せて、電車に一駅乗ったお隣の駅前にある図書館へ。明石市は〝図書館シティ〟を売り物にしているだけあって、まことに機能が充実しており、職員も親切丁寧です。ここで借りた本を、ボランティアで関わっている一般社団法人の事務所(新装のうえ、事務員ゼロ)でじっくりと読み、ものごとの行く末を考えているのです。勿論、iPadを使っての原稿書きや発信も。こういう生活が出来るのは定年後の後期高齢者ならではのことでしょう(倒産や失業の憂き目に合われている皆さん、ごめんなさい)。今の政治の貧困をもたらした〝団塊前後世代〟の責任云々はこの際、棚上げにさせてください。皆さんが今の境遇を逆手にとって、強い境涯を磨き上げていくことが最も求められることです。これこそ「新コロナ」がもたらす事態への対抗手段かもしれません。(2020-4-4)

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