今夏の観光から➁-「パソナ」の事業展開に学ぶ

さて、淡路島といえば以前から人材派遣業のパソナグループ(南部靖之代表)が大いなる力を発揮しています。つい先日には淡路市に新たなサマーリゾートとして「クラフト・サーカス」をオープンしたばかり。以前から好評を博している「野島スカーラ」は小高い丘の上にある小学校の校舎を改造して作ったレストランですが、今度のは海岸に沿って作られたなかなかのものです。7月末に私は大阪のパソナ本社を訪問し、南部代表や山本専務とお会いして、瀬戸内海、淡路島にかけるお互いの情熱を語り合って大いに盛り上がりました▼その際に、初めて聞いたのが、同グループが展開している「丹後王国」のことでした。これは京丹後市にある巨大リゾート施設の名称ですが、道の駅の大型版と銘打っています。これを聞いた私は驚きました。実はかねて今夏の孫を伴う家族旅行の行先として、久美浜海水浴場を選んでいたことを娘から聞いていたからです。この地のすぐそばにこの「丹後王国」があるので、早速8月8日から三日間の旅の中で訪れてみました。平成12年には天皇皇后両陛下が訪問されたというだけあって、古代からの歴史に則った様々な遺産をとりいれた見事な「王国」ぶりです。関西の中心からは少し離れており、まだまだ知られていないようですが、ここに展開されている子どもと大人が一体化しての「遊び場の知恵」は大いに学ぶものがあることを実感しました。このグループは、「地域創生」をかねてその方針に掲げているだけあって、付け焼刃ではない筋金入りの迫力を感じます▼また、8月21日には私ども一般社団法人「瀬戸内海島めぐり協会」の主催する「ぐる~っと淡路島めぐり」ツアーに参加してきました。せっかくの機会だからと、50年来の友人である社員教育指導者で作家の寺松輝彦氏を誘ったり、中学校以来の同期生ら「悪ガキ仲間」二人にも同行してもらいました。特に寺松氏は埼玉在住とあって、ホテル「海若荘」に前泊。露天風呂で夜を徹して懐かしい語らいをしたものです。昼間には前述の「クラフト・サーカス」に行きましたが、あたかも船上を彷彿させるレストランや南洋の海と見まがうばかりに広がる播磨灘の眺望に、何かとうるさい彼も文句なしに大喜びでした▼淡路島めぐりは、去年までは船旅が主体でしたが、今年はバスと船を組み合わせました。これが見事に奏功、本当に有意義な一日を過ごすことが出来、友たちも大いに感激してくれました。午前8時半に明石港を出た後、ウエステインホテル傍の翼港で下船、あわじ花さじき(去年の朝ドラのロケ地)、パリシェ香りの館、伊弉諾神宮とまわって、お昼には洲本港へ。ここで食事や市内散策をした後に、南あわじ市の福良港へ。ここでは淡路人形浄瑠璃を鑑賞(他に、うずしお観測船に乗ることも選択可能)しました。40分ほどでしたが本場の粋を堪能できました。5時には帰路につき、一時間半の明石港までの航路は、ビール片手に口々に感想を語り合う楽しい船内だったことは言うまでもありません。(2016・8・31)

この夏の観光から➀ー北海道のバスガイド力に驚嘆

オリピック観たな台風宙返りー柄にもなく川柳(俳句かも)を口にしてみました。というのも台風10号は当初に予測されたコースを全く変えて、途中でぐるっとUターンして南下したあと、再び北上するという変則的な動きを見せたからです。この夏もほぼ終わりになったので、私の夏休みを振り返ってみます。7月25日に上京して、国交省海事局や一般社団法人 日本旅行業協会(JYATA)に立ち寄り、今当方が考えている淡路島へのインバウンドについて、懸案を関係者と議論したり、お願いをしてきました。とりわけJYATAの志村理事長は七か国語を話す超バイリンガルとあって、私はその出会いは楽しみでした。関西国際空港から転勤されたばかり。豊富な淡路島訪問の経験を語ってくれ、大いに参考になりました▼8月1日から4日間は北海道旅行へ。妻と二人で阪急交通社の団体ツアー(40人ほどの皆さんと一緒)に参加するという私たちにとって初めての試みでしたが、とてもいい天気に恵まれ(行く前と、帰ってからは大雨)、楽しい旅でした。ここで私が感じたのは、バスガイドさんの力です。エルム観光バスに全行程お世話になったのですが、入社3年目の若いお嬢さんガイドの案内力たるや凄まじいとしか言いようがないほどのものでした。登別温泉から、富良野、美瑛を経て層雲峡から温根湯温泉、そして小樽、ニセコ温泉といった旅でしたが、その間ずーっと爽やかに、車窓から見える風景や観光案内から、ありとあらゆるその地にまつわる深くて味わい深い話まで、彼女の話しぶりは実にみごとでした。特に、土地ごとに関係する作家や歌人の作品や和歌をよどみなく諳んじて見せる力量は、もう呆然とするばかりに聞き惚れてしまいました▼あまりに感心した私は、同社のFBに投稿しました。このガイドさんは本当に素晴らしい、と。同社からは、「うちのバスガイドはみんなこうした力を日頃から養っていますと」あっさりとした返事は少々意外でした。3年間であそこまで覚える力は本人の努力もさることながら、社としての指導力も大いに関係すると思われます。バスガイドという職業を今私は大いに見直す必要を痛感していますが、淡路島を始めとする瀬戸内海島めぐりの旅でも、バスガイドやシップガイドが大いなる力を発揮するものと思われます▼この旅での見聞を生かすべく、瀬戸内海島めぐり協会の専務理事として、8月19日に洲本市にある兵庫県淡路県民局を訪問して、県民局長や県観光監と意見交換をしました。その際に、淡路島の観光においてバスガイドの存在を確かめたところ、こたえが「ノー」だったのには驚きました、この辺りにも観光地として大いに名を馳せているところと,まだまだこれからというところとではかなりの差があることを思わざるを得ません。(2016・8・30)

相手の話を聞くことの大切さを知ったささやかな体験

参議院選挙が終わってやがて一か月。様々な人と対話をしたことが思い出されます。そのうち最も強烈な印象で蘇ってくるのが神戸のU 氏とのやり取りです。彼は阪神淡路大震災の時に何もかも失いましたが、過酷な運命に負けずに立ち上りました。打ちひしがれている被災者に政治が何をしてくれるのかを問いかけることから始め、やがて何もしようとしないことに全人生を賭けて対決したのです。当時国会議員で彼を知らぬものはいないといわれるほど働きかけ、文字通り荒れ狂う活動をしました。その彼を私は忘却の彼方に置き去りにしていたのです▼伊藤たかえ選挙事務所に突然やってこられたときは、全くどなたか分かりませんでした。心温まる支持者の「陣中見舞い」の合間に、まれに文句を云い、抗議に来る人がいます。さあ、「公明党のどこが気に入らないのだ」「断固分からせるぞ」と、身構えました。震災対応から安保法制にいたるまで、彼は政治の「非力さ」や「庶民感覚とのズレ」をまくしたてました。当然のことながら、私はいちいち反発し、口を挟みました。しかし、その途中でやめました。彼が誰かということに気付いたのです。この20年の彼我の差に思いを致しつつ、申し訳なさも手伝ってひたすら耳を傾けていました▼その主張には賛同できぬことも多々ありました。しかし、震災によって人生を根こそぎ捻じ曲げられながらも立ち向かってきた存在感に圧倒されたのです。「今政治家が立ち上らずして一体いつ立つのか」というフレーズは胸に刺さり、耳をそばだたせました。「失われた20年」の言葉に象徴される政治の惨状は、政治家の「課題解決先送り」体質に起因すると常々思っている私は、歯を食いしばって聞かざるを得ませんでした▼二時間余りの後、「もう時間ですから」の事務員の声に促されて帰っていきました。数日後、私がいないときに彼は再びやってきて、公明党に一票投じたことを明らかにしたといいます。私が彼の話をひたすら聞いたからでしょうか。普通、人間は議論をすると、言い負かそうとしてしまいます。私などはいつも何か自分らしさを込めたお話を一方的に話してしまいがちです。聞いてるだけでは能がないとの思い込みがあるのです。私にしては珍しく聞くことに徹した背景には、彼の生きてきた人生への畏敬の念があったからに相違ないでしょう。ということは、あまりそう思えない人には、相も変わらず云いたいことのみ言って自己満足するだけに終わるということかもしれません。いやはや怖いことです。と、反省させられる貴重な体験ではありました。これは今後あれこれと尾を引きそうな予感がします。(2016・8・5)