参院選の焦点の一つとしての「憲法9条」

参議院選挙が4日に公示となりました。この日はアメリカの独立記念日です。日本がアメリカを主たる相手として戦った戦争に負けてから70有余年。未だにその支配から完全に抜けきっていない被占領国であるとの自覚を、私はいつもこの7-4が来るたびに持ちます。特に理由はありませんが、1945年の8-15(終戦記念日)や、9-2(降伏文書調印式)や1951年の9-8(サンフランシスコ講和条約調印式)などの記念日よりも、こっちの日に感慨を抱くのです。若干の皮肉を込めてはいるのですが、やがていつの日か日本も本当の独立をせねば、と思うのが7-4なのです▼さて、平和な時代の「陣地取り合戦」たる国政選挙が始まります。様々な争点がありますが、一つは「憲法」をどうするか、です。安倍自民党は結党以来、憲法改正を真正面に掲げ続けてきた政党です。今回の選挙では、9条に自衛隊の存在を明記する項目を加えるとしています。それに対して、公明党は「多くの国民は自衛隊の活動を理解し、支持しており、違憲の存在とは考えていない」としており、わざわざ改めて明記せずとも、事足りるとの立場を鮮明にしています。つまり、9条改正に慎重で、出来るだけ多くの政党の合意形成が図られるように努めることが先決だとしているのです。主要野党は「維新」を除き、「安倍政権下での改憲」に反対する姿勢(国民民主は弱いですが)です。政党のこうした立ち位置は、私が現役だった頃と大筋は変わっていません。残念なことに憲法審査会での議論が遅々として進まないのです。日常的な予算にまつわる国会審議や法律制定の議論とは別に、憲法は国の根幹に関することですから、時々の政局に流されずに議論すべきなのに、頑なな与野党対決の姿勢が災いしているのです▼安倍自民党は全面改正を選挙公約には打ち出さずに、随分と殊勝な態度に見えます。本音をさらけ出して公明党との関係などが壊れては元も子もなくなるからなのでしょう。言うまでもなく憲法9条については、実に様々な議論や立場があります。冒頭に述べたように、日本は未だアメリカの実質的には支配下(独立国とは疑わしいような状態)にあり、首根っこを押さえられています。それが証拠に、「沖縄」を持ち出さずとも「横田空域」に見るように、首都の空さえ自由に飛べないままなのです。アメリカの大統領から、日米安保条約体制の不平等性をちらつかされ、「対等な関係」になろうと理不尽な脅かされ方をして、尻込みする国柄なのです。ここらを整理・整頓して、自前の憲法を持つことがない限り、いくら付け焼き刃的にいじくりまわしても、ダメだというのが恐らく公明党の本音であり、ここはじっくり議論をしようという立場です(いつまで経っても進まないのにさすがの私も苛々感が募りますが)▼ところで、話題の映画『空母  いぶき』を封切りと同時に観てきました。漫画家のかわぐちかいじ氏の原作をもとに作家の福井晴敏氏らの企画立案で出来た映画ですが、自衛隊という存在を的確に描いて見応えがありました。日本の領土・領海・領空の領域を保全するために、侵略してきた外部勢力を水際で防御するために現行憲法下で許される渾身の力と知恵を振り絞る場面。総理はじめ政府が憲法9条のもとに最小必要限の力を行使するべく、国連との連携をもとに腐心する姿。これらは、日本防衛のシュミレーションとして、大いに参考になります。国会議員も、普通の市民のみなさんも、自衛隊がいざという時にどう振る舞うかを事前に検証する役割を果たします。現実に、戦闘で人命を失ったことがない自衛隊ーこの映画では、自らも犠牲者をださず、敵にも出させないという、涙ぐましいまでの努力と思いが伝わってきます。たかが漫画、たかが映画という勿れ、ここには憲法9条議論のイロハが詰まっているように私には思われます。(2019-7-5)

 

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