「安保法制騒ぎ」とは何だったのかー5年が経ってその中身を整理する(中)

安保法制の制定から5年。それまで禁じられていた「集団的自衛権」を容認することになったとの捉え方が一般的です。前回に見た、米国での陸上自衛隊の日米軍事演習も、その対応に備えるものと見る向きもあるやもしれません。しかし、両方とも正確を欠いた早とちりです。いわゆる集団的自衛権はー同盟国への攻撃を自国へのものと同一視して、共同で対処するー依然として完全な形では行使できないのです。また、陸上での日米合同軍事演習は、いわゆる集団安全保障の範疇の問題です。仮に中東での紛争に日本が後方から支援する場合に円滑にできるようにするためのものです▲安保法制以前における日本の武力行使の条件は、❶我が国に対する急迫不正の侵害❷これを排除するために他の適当な手段がない❸必要最小限の実力行使ーの三つでした。そのうち❶の記述が長くなりました。「我が国に対する武力行使が発生したこと、又は我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること」となったのです。❷と❸はほぼ同じです。これらは「武力行使の新3条件」と呼ばれます。これを集団的自衛権を容認したものと見るか、制限を付けただけで、従来からの個別的自衛権の域を出ないと見るかが、「騒ぎの淵源」でした▲全面的に集団的自衛権を認めるーつまり他国を守るために武力行使をするーのなら、そう書けばいいし、認めないなら従来通りの記述で変えなくともいいわけです。それを新たに変えたということは、「制限付きで容認した」ということでしょう。日本が位置する北東アジアの安全保障環境ー朝鮮半島や台湾をめぐる情勢ーが、今まで通りの対応を許さなくなったからです。つまり、日本の周辺で何が起ころうが我関せずの「一国平和主義」が通用しなくなったとの認識です。ざっくりいうと、自公の政権与党はその認識は一致しましたが、野党との間ではくい違ったのです。更に、自公の間でも、全面容認か制限付き容認かでは対応が分かれ、最終的に公明党の意向が認められたといえるのです▲この問題の最大のポイントは、国際法と日本国憲法との間での考え方の相違をどう調整したか、ということです。国際法では、自国を守るためには勿論、親密な関係にある他国を守るためでも、武力行使は認められています。一方、日本国憲法では、あくまでも日本を守るためにだけしか武力行使は許されないとの立場です。国際法に合わせようとする人たちは集団的自衛権を全面的に解禁しようとし、日本国憲法にこだわる公明党は後者の姿勢を貫き、制限を厳しくつけたのです。敢えて言えば、「日本を守るため」の中身を整理した、といえると思います。(2021-3-6 この項続く)

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