一連の安全保障法制が成立してから5年半ほどが経ちます。様々な意味で日本の防衛にとって、大きな転換点となったはずですが、表面上は何事もなく推移していて、その変化は一般市民には感じられません。「軍事」をめぐる議論は、日本ではややもするとタブー視される傾向が強く、あの騒ぎも当時はともかく、今や遠い過去の出来事で何事もなかったかのように思われます。そんな状況下、先日NHK(BS1)で放映された『自衛隊が体験した軍事のリアル』は、軍事紛争と日本、対米関係などについて大いに考えさせられました▲米国にある世界最大の軍事演習場・ナショナルトレーニングセンター(NTC)で行われた軍事演習に、一昨年1月に初めて日本の自衛隊員330人(陸上自衛隊第72戦車連隊=北海道北恵庭駐屯地)が参加したのです。2週間にわたって、米軍(4500人)と、実戦さながらの訓練がなされる場面を密着取材したものが放映されていました。中東の砂漠地帯にある架空の国に駐留する米軍ーそれを敵国のゲリラ部隊が襲うという想定の中で、側面から支援する自衛隊の動きがリアルに写されていたのです。なかなか見応えある内容でした▲この番組で注目されたのは、田浦正人・前陸上自衛隊北部方面総監と、柳澤協ニ・元内閣官房副長官補(防衛省元官房長)がそれぞれインタビューに答えていた発言の中身です。米軍と一体化した軍事演習だと見られるのではないか、との聞き手の懸念に対して、田浦氏は「演習の指揮系統は分けられており、米国の大義のために動いていると見られぬよう、長い歴史をかけて積み重ねてきているものだ」と、キッパリと否定。その上で、「自衛隊は軍事演習に行きたいわけでも、行きたくないわけでもない。しっかりした法の中で、国民に行ってこいと背中を押されて行きたい。そのために、準備するのがプロとしての誇り」と、慎重に自衛隊の立場を明らかにしていました。一方、柳澤氏は、この演習は果たして日本の国土防衛に繋がるものなのか、との疑問を投げかけると共に、「武器を使えば相手も撃ち返してくる」として、「自衛隊部隊の安全と日本の参加がどう受け止められるか、両面から考える必要がある」と、懐疑的な立場を吐露していました▲制服組と背広組のトップ近くにいた二人が異質の答えをしていたことがとても印象的でした。柳澤氏と私はお互い現役当時から懇意で、今では同じ一般社団法人「安保研究会」に属しています。こういう発言をする元背広組はほぼ皆無なだけに、退任直後の彼の発信には波風穏やかならぬものがありました。私には自衛隊幹部の言い分も、建前としてよく分かりますし、柳澤氏のスタンスも本音として首肯できます。それだけに、彼が番組の最後で「この問題は一から十まで政治の問題です」と述べたのがグサリと刺さりました。(2021-2-28 この項続く)