この国は何処に向かえばいいのかー日中人口比較から(上)/5-31

●『戦争というもの』をめぐる会話

私が議員を辞職してから友人と一緒に、月一回やってきた異業種交流ワインを飲む会(88回目になる)を開催した時(5-28)のこと。コロナ禍の緊急事態とあって、参加者は普段の約半分の5人だけ。しかも間合いを十分にとり、厳重に予防体制をとった上での語らいだった。明石に住む著名な企業家でワインコレクターのYさん(80)と実りある話になった。きっかけは私がつい先ほど読み終え、ブログ『忙中本あり』に取り上げた半藤一利の『戦争というもの』。

私は昭和20年11月生まれゆえ、母の受胎が戦争の只中であったことに触れ、父も母も戦争はやがて終わるとの底抜けの楽観論だったとしか思えないと述べた。戦争の終え方について彼は、原爆投下までに幾度か中断の機会はあったはずとして、東條英機の罪の大きさを強調した。戦後75年を生きてきた二人は、政治、経済から全ての現在の社会的風潮について、我々世代の責任の大きさを嘆くことで一致。団塊の世代前後が子供の躾、教育を、自分たちの親から受けたようには、してこなかったことが社会全体に及ぶ最大の失敗であるとの共通認識である。

●人口激減の日本のこれからの展望

尤も、二人の間で食い違いもあった。一つは明石市への子育て世代の日本でも顕著な転入増を、彼は行政から財政的支援を受けたいとする〝こじき根性〟の現れだとして非難するが、私はやむを得ないと見る点。もう一つは、私は恵まれた人生を送った人間は、その終焉で財産を基金として恵まれぬものに供与するべしとしたが、彼はそんなことをしても無駄に終わるだけとした点。自助努力を旨とする企業人と、公助、共助の組合せを貴重だとする政治家の立場の違いだろう。(※この点、京都大学が建築家の安藤忠雄氏とニトリホールディングスの似鳥昭雄会長らの約25億円の寄付で、返済不要の奨学金制度を創設すると27日に発表したとのニュースに接しました=31日付「毎日」=ことは、我が意を得た思いです)

ついで、これからの日本をどうするのかについて、中国との比較で語り合った。やがて中国の一都市圏よりも小さくなるのが不可避の日本の人口激減。コロナ禍で右往左往した後、やがてV字回復するものと信じるのは危ういとの認識で一致。成長神話に依拠して今まで通りの経済運営に頼る限り、日本に明日はないというのが共通した見方である。明治以来、ほぼ40年ごとの周期で浮き沈みを経験してきた日本は、少子高齢化のピーク・2025年が次のどん底期に当たる。それとは真逆に、「中国製造2025」を掲げる中国は、宇宙制覇まで射程に置き、米国に追いつき追い越せで、意気天を衝く勢い。日本は身の丈にあった中堅国家としてのこれからを考えるほかない、で二人の意見は一致した。

実はこの夜の語らいで、Yさんは我が亡父が生前尊敬して止まなかった大銀行家O氏の仲人でご結婚されたと知った。深いご縁を感じる人との熱い語らいで、とても嬉しくなった。(2021-6-1一部修正 続く)

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