先細る一方の日本と3人子政策に転じた中国の人口比較ーこの国は何処に向かうのか(中)/6-6

●日本より出生者数減が激しい中国

日本と中国からほぼ同じ時期に人口にまつわるニュースが公開された。日本では、昨年の人口動態統計(4日発表)が約84万人となり、前年より2万5千人ほど減少した。合計特殊出生率は1.34で前年に比べて0.02ポイント下回った。今年は新型コロナの影響もあり、80万人を割る可能性もあり得るという。日本の出生数が100万人を割ったのは5年前、この間にほぼ20万人減ったことになる。

一方、中国については、これまでの原則2人という出産規制を緩めて、3人目を認めるとの方針を定めたというもの。この背景には、5月11日に発表された2020年の調査で、同国の出生数が約1200万人だったことが挙げられている。前回の国勢調査(2016年)では約1800万人だったというから、5年間で600万人ほど減ったことになる。中国の出生数をめぐる問題については、2016年にそれまで30年以上続けられてきた「一人っ子政策」が改められ、2人まで出産を認めることになった経緯がある。それが効果を見なかったことから、今回の方針転換になったようだ。

単純に日中両国における出生数比較をすると、日本のほぼ14倍も人口を持つ中国の方が出生減は大幅なことになる。それだけ激しく見えるのに、中国政府が出生数制限を解除せず、「3人まで」との枠を維持したのは何故か。かつて一人っ子政策をとった時と同様に、増え過ぎを気にしたのか。あくまでコントロールに拘り段階的に取り組もうとするところに、この国の知恵を見るような気がする。

●中国の凄まじい進展を見たこの8年

中国という存在をどうも見誤っていたのかも知れないーと私が気付き、それまでの対中観を是正せねばと思ったのは、中国問題の泰斗・中嶋嶺雄先生(元秋田国際教養大学長)が、「現代中国論」から「大学改革論」へと主たる仕事を変えられたことと無縁ではない。それは、やがて「共産中国」は崩壊し、6つぐらいの連邦国家へと分裂するだろう、との見立てを私との語らい中で撤回された時期(2012年頃)と一致する。

中嶋先生がご逝去されて8年(2013年2月)。習近平氏が同国共産党総書記(2012年11月)となった直後だった。私には何だか奇妙な符合に思えた。この時から中国は怒涛の進撃を開始する。この間に、中国の台頭に抗する米国との間での〝米中戦争〟の機運が高まった。安倍晋三氏の2度目の政権維持の時間とも一致する。中国がこのような目まぐるしい変化を見せる原因となったものが三つある。一つは、中国が半導体生産で世界のトップに躍り出たこと。二つは、1億人を超える6つもの都市圏が、国家の枠を超えアセアン諸国との協調に発展していること。三つは、「中華民族の偉大なる復興」を実現する「中国の夢」を政権のスローガンとしたこと。

これらは、いずれも連関している。一言で言えば、「メイドイン・チャイナ」で質量ともに世界を圧倒するとの国家目標を掲げたということであろう。この8年は私が政治の現場から離れた時期と全く一致する。中国を社会主義国家だから、反民主主義国家であり、未だ未だ近代化から遠い国だからと思ってるうちに、あっという間に追い越された。ルール違反だ、やれ人権無視だと言ってるうちに、どんどん背中が遠くに見えるようになってしまった。こんなことを実感するのは私だけだろうか。(2021-6-6)

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