《1》「テロとの戦い」に負けたのかーアフガニスタンからの米軍撤退/9-2

アフガニスタンからの米軍撤収のニュースに接して思うことは多い。元を正せば、20年前の「9-11」に米国本土が「同時多発テロ」の標的にされ、多くの犠牲者が出たことが発端だ。そのテロの首謀者と見られたビンラディンをアフガニスタンのタリバン政権が匿ったために、米国が同国を攻め、10年後に彼を殺害した。ことの因果関係からすれば、これで区切りとして米軍が撤収してもよかったはずである。しかし、そうならず、今日まで更に10年間も駐留が続き、多くの犠牲を双方が重ねた▲その間の米国側の大義名分は、「テロとの戦い」という〝新しい戦争〟が拡大する事態の温床にさせない、というものであった。更に、戦争が始まった当時は、アフガニスタンを含む中東地域一帯は、世界や米国にとって〝石油の宝庫〟との位置付けであった。安定した石油供給源としての地域の保全のためにもこの地を睨む必要があったのである。ところが、その後、シェールオイル源が米国内に見出され、事態の様相が変容した。そこらで手を引く機会もあったのだが、結局ここまで引き摺ってしまった▲この地を巡る歴史を遡ると、米国の前にはソ連が進出した末に、手を焼き尽くす経緯があった。今また20年の歳月の間に米国が失ったものはあまりにも多い。20世紀後半におけるベトナム戦争の例を挙げずとも、「歴史の教訓」を学ぶ必要性は言い尽くせぬほど大きい。ベトナムは米国を撤退に追い込んだあと、見事なまでの変身を示し、その復興ぶりは世界史に特筆される。それに比べて、アフガニスタンでは、タリバンのみならずイスラム国(IS)の跋扈も見逃せず、とても一筋縄ではいかない。この集団は、今回の米国撤退の直前にカブール空港での凄惨な自爆テロも引き起こした。まさにアフガニスタンは日本中世における「戦国時代」もどきの状況下にあるとさえ見る向きもある▲ソ連から米国へとこの地での巨大国家の不始末の連続から、「帝国の墓場」と呼ばれるそうな。そこへ、中国が急接近しているとの報もある。中国は先をゆく新旧ニ帝国の失敗の轍を、またも踏むことにはよもやなるまい。今回の撤退を、覇権国家米国の衰退の象徴であり、世界の警察官の役割からの後退となるのかどうか。一気にはいかずとも、ゆっくりとその流れが進むことにはなろう。これが米国の同盟国からの駐留軍の撤退に繋がるやも、との見立てを提起する老評論家もいる。日本もその場合の対応に備えることは大切だと思われる。(2021-9-2)

※今回でこの『後の祭り回想記(回走記)』も、400回を超えます。これまでナンバーを振ってきませんでしたが、これからは500回を目指して一回ずつ数えるようにします。

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