【63】今が盛りの神戸と姫路の2人の理系出身小説家/9-5

 先日、2人の団塊世代の小説家と会食懇談した。姫路在住の兵庫県民間病院協会元会長の医師・石川誠先生の呼びかけだ。この人はなにしおう文学好き。私はお相伴役。今回の様子は私の写真録ブログ『今ここだけ』にちょっとだけ書いた。ここでは読書録風ではなく、作家の人となりを中心に。一人は、高嶋哲夫氏。彼は慶應大工学部を出て原子力研究のために米国へ。3年ほどいたが挫折する。帰国後に取り組んだ学習塾経営が当たり、40歳過ぎて小説家に転身。70歳を過ぎた今日まで数多の小説を書き、各種の賞をとりまくり、今も意欲作を次々と出している。直近には『落葉』なるいわくありげな題名の作品も書店に並ぶはず。代表作は10年前に、今日のコロナ禍を予言したかと見紛う『首都感染』だが、ご本人はあれは鳥インフルエンザを書いたのだと照れ臭そう。とても謙虚な人だ◆最近作の『EV』では近未来の電気自動車社会に至る流れを鮮やかに照らし出す。この人の作品は、核兵器、原発、首都移転、地震など概ね政治絡みのものが多く、現実政治のいたらなさを暴きだしてやまない。政治家に読んで欲しいなあと、言われるたびにいたたまれなく恥ずかしい思いになる。親しくなって2年ほど。私は大学の先輩ぶって、「高嶋さんの小説は女性が描けていない」とか、「最近パターン化していないか」などと偉そうなことを、口にしてしまう。身の程知らずにも程があるが、彼は巧みに受け流す。その都度、人間的スケールの彼我の差に感じ入る。彼の夢は、自著のハリウッド映画化だそうだが、近い将来にきっと実現するのではないかと私は睨む◆もう一人は、諸井学氏。小説家と家業の電気屋との2足のワラジとのことだが、ヨーロッパモダニズム文学と日本の古典文学の二刀流の使い手と、私は見る。ペンネームの由来がアイルランドのノーベル賞作家サミュエル・ベケットの『モロイ』に魂を奪われたことから、Molloy (諸井)に学ぶとしたという。ポストモダンの先端を行くというこの本、試しに読んだのだが、始めから終わりまでわけわからず、困り果てた。一体全体、どう理解すれば、と恥を忍んで訊いてみた。答えは、「解釈するのでなく、体験するのです」と、きた。ご本人は禅の悟りのようなものと言われるが、これって、我が日蓮仏法を人に勧める際にお馴染みのセリフである◆一方、日本古典の粋・和歌文学をめぐっての彼の歌論『夢の浮橋』(未完)及び「新古今和歌集」のオマージュだとする『神南備山のほととぎす』は、とってもためになり、かつめちゃくちゃ面白い。800年ほど前の和歌文学の本歌取りや掛詞などの作法の数々。これがモダニズム文学の先駆けをなすと聞いて、感動しない日本人がいようか。私は諸井氏の主張は、丸谷才一『後鳥羽院』の〝本説取り〟ではないのかと疑ってみた。だが、ご本人から丸谷説の瑕疵を指摘され、自らも確認して目が覚めた。いらい、彼は直木賞作家たり得るとばかりに本気で励ましている。高嶋と諸井の両氏。この二人は共に理系(諸井は名古屋工大卒)。頭の緻密さが私とは決定的に違う。片や早咲き、一方は遅咲き。どっちも73歳の今、咲き誇る。その姿が私にはとても眩しい。(2022-9-5)

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